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残暑の気配が居座る時期に

 最近のことを書く。なんかあったかなーとおもいつついざ書いてみると意外とある。あるやんけ。

①現代大衆小説を八兆年ぶりに読み、「現代の小説も読んどくもんだな」と自省。普段は古典かエッセイが多いので小説は久しぶり。

②約100年前の銀座では男の約3割が和装を着ていたと知る。しかも縞や絣の色柄が入っている着物が大半で、無地は少数派、足袋はほぼ全員が黒足袋だったようだ。
 この数字は『考現学 今和次郎集』第一巻(ドメス出版、1971年)に収載されている1925年の5月の銀座の男女の風俗の実地調査の記録(一文に「の」が多い)によるもの。和装を着ている人びとの割合は男が33%で女が99%だったという。男の和服姿のうち、長着が無地なのはたった5%。羽織が無地なのも20%しかいなかった。今和次郎は「無地の比較的多いのは、商人の混じっているせいでしょう」と分析しているから、1925年当時、無地の着物は一般人が日常で着るものではないとの認識だったのであろう。足元は83%が黒足袋、16%が裸足、1%が白足袋だったそうだ。
 道を行く1180人の男を調べたとあるから、ある程度信用に足るデータだと判断してよいとおもわれる。なぜこの本を読んだかというと、戦前の市井における服飾文化に触れて、自身の和装の参考にしたかったからだ。着付けマナー講師や着物警察が増えたり、服の大量生産・大量廃棄の前提がはびこったりする前の文化である。

③スマホからSNSアプリをアンインストールする。でもアカウントは残しとく。

④ワクチン2度目の接種を終える。ポカリおいしい。飲みまくり。

⑤他者とやたら散歩をするようになる。ワクチンを2度接種して14日経ち十分な抗体が生成されたと考えられ、自身の発症リスクという観点ではある程度の安心材料にはなる。ただ、まだブレイクスルー感染の可能性もある。さらに他者に感染させるリスクはまだ依然として残っている。そのため、オフラインで不織布マスクを付けた他者と会いたいが、室内での会食にはバチボコに抵抗がある。
 これらの点に鑑みたうえで、ぼくとその周辺の人間との共通理解に基づいて得た結論、それが屋外での散歩である。

⑥和服を着て他者と会う。柳染のポリエステルの薄羽織、白の夏用羽織紐、緑の細かいモザイク柄の正絹の帯、綿と麻の混紡でごく薄く仕上げた白浴衣、紺の半襟を付けた綸子の長襦袢、紺の鼻緒の草履。洗濯機で丸洗いできるからポリだの綿だのは楽でいい。
 さて会った瞬間、ひどく残念そうに「お前それ着るんなら先にいってくれよ、おれも一緒にこの前買った着物を着て来たのに」といわれる。よくよく話を聞いてみると、そやつもつい最近和服を揃えたらしい。が、さらにどんなものを選んだのかを聞いてみると、どうやらちょっと変な帯を(たぶん店員の口車に乗せられて)買っており、いわゆる下着にあたる襦袢も買わないまま直に長着を着ているという。
 なんかかなりやべーんじゃねーの、と訝しむ。しかしここでぼくが色々いってしまったが最後、くそ頭でっかちおせっかいおじさん in other words 着物警察になってジ・エンドなので、「そうなんだ」と流して微笑む。

⑦別の他者と日中に散歩をして目黒の庭園美術館および国立科学博物館附属自然教育園に行く。「教育」って名が嫌だと文句を垂れつつ散策。
 自然教育園内の売店のラックにかかっている靴下を他者が見つける。ワンポイントの刺繍がされたシンプルな靴下。「あ、かわいいね」というので、ぼくも「おー、ほんとだセロトニンだ」といってセロトニンの化学構造式が刺繍された靴下を手に取る。他者、笑う。
 どうやらその隣に犬やら鶏やらが刺繍された靴下が並んでいて、他者はそれをかわいいといったらしい。ぼくはまっさきにセロトニンの化学構造式の靴下が目に留まってしまってそればかりを見ていたので、隣の犬やら鶏やらの靴下が視界に入らなかったのである。「セロトニン足りてないから無意識に欲しちゃうんじゃないの?」といわれる。何いってんの。そりゃそうよ。

⑧ラジオ依存に拍車がかかる。掃除機をかけるときもスーパーで野菜を選ぶときも電車に乗っているときもずっっっとラジオを聴いている。いかなる状況下でもラジオを快適な環境で聞くためにBOSEのハイクラスのノイズキャンセリングイヤホンを買う。おい、ラジオくれよ、もっともっとラジオくれよ、なあ早くくれよ、頼むよ! くれよ!! 最近はマヂカルラブリーのANN0が特に肌に合う。

⑨また別の他者に、ヒゲ脱毛とVIO脱毛を始めたと告白される。ぼくもVIO脱毛の開始時期について真剣に悩む。介護される前にやっておきたい。

⑩燃え盛る業火の谷間 as known as 渋谷 にある旧:宮下公園に(怖いもの見たさで)行ってみて、ヤバヤバな気持ちになる。

⑪燃え盛る業火の谷間 as known as 渋谷 はウレタンマスクをしているホモサピエンスや、ノーマスクのホモサピエンスが多い。

⑫19時から他者と散歩をする(以下、もう「別の他者」とか「また別の他者」とかいちいち書くのはやめて単に「他者」と書く)。
 とにかく他者と散歩をする。起点は渋谷。血盟などの議題を喋りながら歩く。表参道を抜け、青山霊園を突っ切り、シブヤから遠く離れて、20時55分に日比谷の添好運ティムホーワンに到着。点心をいくつか買う。日比谷公園の人がいないところを探して、ベンチで食べる。ベイクドチャーシューパオ、鶏肉と生姜の蒸しご飯、海老とニラのチョンファン、金木犀とクコの実のゼリー。飲み物を買うのを忘れて口が甘い。烏龍茶か、ライチ紅茶を買えばよかったと言い合うも、もはや立ち上がるのすら面倒で、そのまま飲み物を買わずじまいにおわる。

⑬何かの会話の流れでぼくが「地球というball(球/舞踏会)で、あたかも相手がいるかようにふるまってそれぞれが孤独な社交ダンスを踊っている、それが人間……」のような主張を他者に展開したとき、「そうさお前は孤独なダンサー」といわれてニヤッとされ、「あたいグレ始めたのはほんのささいなことなの」といってニヤッと返す(尾崎豊『ダンスホール』)。

⑭夜、桜田門の辺りのお濠に映った月を見て他者とともに感動。「きれいだな。こういうのなんていうのかな、水に映った月っていうか、鏡みたいな水面っていうか……なんか名前ありそうだよね」といわれる。おそらく「水月」のことをおもいだしたい様子。ぼくはしれっとした顔で「鏡月」と応える。相手も気づいてすぐに「いや、いいちこじゃなかった?」という。ふたりで笑う。

⑮日比谷公園。夜。走る車の賑わしいざわめきが彼方から聞こえ、夜風が針葉樹林をこする音と秋の虫のささやきが頭上と足元に響く。「焚き火とテントがないけど、キャンプの夜って感じ」「ほんとだな」「風涼しーなー」「“夜風は冬からの贈り物”」「“止まらない冗談を諭すようについてくるお月さま”」「もう“サマー”じゃないのにね」。笑い合う。(真心ブラザーズ『サマーヌード』)
 おいてめえら青春ぶっこいてんじゃねえぞ。

⑯他者が添好運の注文の決済に手間取っているとき、後ろにいたマダムに「お待たせしてしまってすみません」と詫びると、「いえいえ……きれいなお花ね」といっていただく(ぼくはそのとき紫と緑の花束を持っていた)。「ありがとうございます。秋めいてきたから」とお応えして花束をマダムによく見えるように持ち直す。「ねえ。あら、いい色」といわれる。素敵な会話Lovely conversation…….。

⑰映画『電車男』を久しぶりに観て、中谷美紀の美貌におそれおののく。

⑱他者に急に「秋のあいさつを郵送する」といわれる。かくして物品が贈られてくる。箱を開けるとエヴァンのマロンコンフィ。1粒当たり500円の栗。適切な返礼品をさがす日々。お中元でもクリスマスプレゼントでもなく秋のあいさつってとこがいいよね。秋好中宮かよ。

⑲ぼくも他者に贈り物をすることを急に思い立ち、なんの脈絡もなく突然押し付けたり郵送したりするようになる。当然他者は「なんでまた急に?」とぼくに訊いてくるので、「いまこうして貴様に物品を贈ったんだから、今後数ヶ月の間、ぼくが貴様になんらかの不快なおもいをさせたとしても一切ガタガタ抜かすなよ、わかったな」と説明する。他者はたいてい笑うか、おそれおののくか、どちらかの反応を見せる。
 同様の手口で何人かに物品を贈っていたある日、とある他者(そいつには白ぶどうのタルトを供給済)に、「お前の人格破綻については、一対一で接している日はさして不快なおもいにさせられない。ただ、集団のなかではお前の嫌な部分が出てきて、苛立つ」といわれる。おや~~~?

⑳他者が骨髄移植をする決断をしたと、こともなげに本人の口から聞く。移植される側ではなく、する側。きわめて尊い行為だが、骨髄を移植する側にも(ごくごくまれに)死亡などのリスクがあるそうだ。「医師からリスクの説明を受け、十分に理解しました。それでも私は骨髄を移植することに同意します」という書類に本人がサインするにあたり、本人、本人の親、医師、弁護士の四者がわざわざ一同に会すのだとか。それほどまでに事は重大なのである。
 本人は手術のために3泊4日の入院をする。手術直前に疫病に感染してしまうと患者への骨髄移植ができなくなる可能性が出来するため、特に念を入れて最大限の感染対策をしているとのこと。
 同年代の他者が骨髄を提供する決断を下したことに、まったく驚かなかったといえば嘘になる。彼に決断に至った動機を訊くと、「おれが移植手術によって死ぬ確率はめっちゃ低いけど、おれが骨髄を提供しないと患者が死ぬ確率が高いわけじゃん、じゃあ手術すべきでしょ、絶対」といっていた。善人Good Samaritan……。

㉑ここまで色々な他者の話を書いてきたが、くだんの、友達になりたい他者とはその後も一切友達になれていない。
 最近こんなことがあった。ぼくが労働場のビルの近くの木陰に隠れてシャツをパンツのなかにしまっていると(そんなことを屋外でするな)、彼がビルの正面ゲートから出てきた。目が会う。彼は無言でぼくから目をそらさずてくてくカーブを曲がって歩いていく。道路の向こう側に至ってから、反対側の木陰でつっ立っているぼくの頭から足の先までを人差し指で指し示し、「(今日の服、)めっちゃ秋ですね」と呼びかける。ぼくはその日カーキのジャケットとカーキのシャツを着て、チェックの紺のパンツ、茶の靴下、茶のタッセルローファーを履いていたのだ。ぼくは恥ずかしくなって「うるさいな~~」といって笑った。おじさんなにやってんの? まじで。
 それ以外の私的な会話は何ひとつしていない。何ひとつ。我ながらよくこれで友達になりたいなどといえたものだとおもう。 

㉒もうすぐ彼岸が開ける。だらだらと大気中にしぶとく居残っていた夏の気配も跡形もなく消え去ってしまうがいい。


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