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最終選考レビュー④『Unnamed Memory』

『Unnamed Memory 青き月の魔女と呪われし王』
著・古宮九時(KADOKAWA )

恋は落ちるもの
愛は育むもの
と、よく言われる。

ただの言葉遊びかと思われるかもしれないが、私としてはアイエンガー教授の著作『選択の科学』のなかで
「恋愛結婚よりも、お見合い結婚の方が離婚率が低い」
という大分ドライな統計結果を見てから笑えなくなってしまった。

実際、燃え盛るような「恋」よりも、ゆっくり結びついていく「愛」の方が、つながりは強いのかもしれない。

そういう意味では、この『Unnamed Memory』は、正しく「恋の物語」というより「愛の物語」だった。

今回の作品はシリーズの中の第一作。育てるといっても、ようやく苗木になるか、ならないかくらいの区切りだろう。それでも、今後、見上げるほどの大樹に育っていく予感を強くさせるストーリーだ。

図1

あらすじを紹介する。

物語の主人公は大国の王子・オスカー。
彼には赤ん坊の頃、「子孫を残せない」という呪いがかけられていた。

大人になり、この呪いによって王家が断絶することを恐れたオスカーは、
『最強』と名高い魔女の住む塔に挑戦する。

塔を制覇した人間は、魔女に望みを叶えてもらえる、というのだ。

与えられた試練を次々乗り越え、ようやく最上階にたどり着いた彼は、現れた魔女・ティナーシャに「自分の妻となり、自分の子を生んでくれ」と望む。

というのが、おおよその紹介。

本の背表紙に書かれた説明だとここまでだが、これだけだとオスカーが「魔女を手篭めにしようと必死に塔を上る残念王子さま」みたいに見えてしまうかもしれないので、もう少し詳細をば。

結局、彼にかけられた呪いは強すぎて、ティナーシャでさえ簡単に解呪できないものだった。だが、呪いに負けないくらい『力の強い母体』が王子の子を身ごもるのであれば、不幸を回避できるとのこと。
もちろん、現実的にそれほどの強さを持った女性は限られているわけで……。

というのが求婚の背景。ちゃんと理由があるのである。

そして合理的理由からの求婚だったが、ティナーシャと時間を共に過ごすことでオスカーは彼女に惹かれていく。一方、強引な姿勢に振り回されていたはずのティナーシャもオスカーに対する好意的な印象を重ねていくのだ。
まさに、落ちていく「恋」ではなく、育てていく「愛」だろう。

図3

とはいえ、このティナーシャが、オスカーが一目惚れしてもおかしくないほど、可愛らしい。

彼女自身の情の深さや、面倒見の良さ。
並び立つものがいないほどの凄腕魔女ゆえの余裕。
悠久の時を経て、洗練された彼女の包容力に読者はくらっときてしまう。

なんとか抗えた一部の読者たちも、時折、顔を出す世間擦れしていない無垢な少女のような一面に、とどめを刺されたことだろう。

物語の中で「最強の魔女」として語られるティナーシャだが、そのヒロインとしてのキャラクター性も、まさしく「最強の魔女」であった。

歌手の椎名林檎さんは、作家・西加奈子さんとの対談で「日本はロリコン文化」と断じていた。他方、海外はというと漫画家のヤマザキマリさんが『男子観察録』というエッセイで「海外はマザコン文化」と書き記している。

多角的に現実を見てきた二人の女性の言葉に従うなら、「包容力と可愛らしさ」という相反する魅力を持つこのヒロインは国内にとどまらず、海外でも人気出るんじゃないか、と思わずにいられない。

まさに「最強の魔女」。

対する主人公・オスカーも、まっすぐな好青年だ。
生まれたときから呪われている、という不幸を背負いながらも、厳しい現実を乗り越えようと幼い時から努力を重ねる。腕力だけに頼らず、しかして知力だけにも寄りかからず。

賢王として成長するだろうことは疑いがないほどの器の大きさだ。
だというのに嫌味なところがなく清々しい人間性。

素直に二人の関係を応援したくなる。

同じ最終選考作品で、同様にライトノベルの主人公であっても、先の「千歳くん」とはえらい違いである。
「沈黙の魔女」は呪いをかける対象を間違ったのではあるまいか。

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これほどキャラクターの魅力を強く感じられるのは、この作品が「登場人物の紹介」という導入部としての役割を忠実に守っているからの気がする。

先に書いたように、この「蒼き月の魔女と呪われし王」は、あくまでもシリーズの第一巻。この巻では、これから始まる壮大な物語と、二人の関係の変化を予感させて終わる。

当然、事件も発生はするのだが、大規模な事件で小説全体をまるまる費やす形ではなく、いくつかの事件が1冊の中で展開されていく構成だ。さらに事件ごとに、重要になりそうな新しい伏線が生み出され、読者はキャラクター同士の会話を楽しむ一方で、背後に広がる物語の大きさに期待を膨らませていく。

異質に感じるのは、この散りばめられた伏線が、まるで「これからの下準備」のようにストレートに提供されることである。通常、シリーズ作品の第一巻で提供される伏線というのは、物語の本筋に根本的に携わるというより、どちらかというと人間関係やキャラクターの過去など「小粒」な印象が多い。

だが、この「蒼き月の魔女と呪われし王」で展開される伏線は、竜骨のように、これからのシリーズを貫く重要な伏線であることを読者に予感させるものばかりだ。

こうした構成は、作者の意図もあるだろうが、それ以上に「ネット小説」だからこその特徴だと思う。通常の描き下ろし小説や雑誌連載だと、もっと細切れになってしまったり、ある程度大きな伏線を1巻から回収せざるを得なくなってしまうことが実情ではないだろうか。

嫌な話だが商業作品の場合、伏線を回収できるまでシリーズが続く保証はない。けれど、ネット小説は苦難はあれど、作者が「書きたい」と思い続ける限り続く。
※はずなのだが、いわゆる「エタる」作品は多い……

ネットという場所だからこそ、長大なストーリーの「導入部」として完結する役割を綺麗に全うし、同時にキャラクターを大切にした物語が成立できたような気がする。

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驚くことに、この作品がインターネットに公開されたのは2008年。

世界はリーマンショックに動揺し、日本国内では福田康夫内閣が総辞職し、麻生太郎内閣が誕生した年だった。

私はというと、まだ高校生で、ようやくライトノベルに手を伸ばしたくらいの頃だったと思う。それも加熱するアニメブームを受けて、有名作品をつまみ食いするような読書の仕方だった。

まさか当時、電子の世界で、こんな作品が公開されているなんて思いもしていなかった。

それから10年以上の時間を経て、データが本となり、自分の手元にあるという事実に感慨深くなる。
きっと待ち続けたファンの方にとって、それは比べるべくもないひとしおのものだっただろう。

最初に「愛は育てるもの」という話をした。
物語の中でも同様だが、ファンと作品の間でも、この10年の間で強いつながりを育ててきたのだと思う。

繰り返しになるが、この作品は壮大な物語の導入部だ。しかし、逆にそれを貫き通しているからこそキャラクターの魅力を存分に描き出し、選考委員Bさんが選評で書いたような「極上の男女が紡ぐ、極上の恋愛小説」になっている。

物語の中も外も、大きな愛で包まれた「剣と魔法」のファンタジー小説。
ぜひ、一度手にとってみて欲しい。

読者による文学賞の「Unnamed Memory」
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