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「それでも前を向いて生きていこう」と思わせてくれる友人

月に一度くらい会う友人がいる。
その人は仕事も家族もある上、さまざまな趣味の活動に参加していて、常にタスクを抱えている人なのだが、なぜか定期的にメールや電話で「お茶しない?」と連絡をくれるのだ。
かれこれ15年ほどの付き合いで、年代も性別も仕事も価値観も違うのだが、唯一、読書という共通の趣味でつながっている。

友人同士の会話が大概そうであるように、私たちも特別な話をするわけではない。午後のほど良い時間帯に2、3時間カフェで会って、他愛のない話をするだけだ。ただし、明るい話ばかりではなく、暗い話、深い悩み事なども打ち明け合う。だからお互い、人間的にダメな部分も、ずるい部分も、弱い部分も、ある程度はわかり合っていて、それでも互いを大事な友人として尊重し合っている。そんな存在がいることが、心からありがたいと思う。

私の知人の中には、友人のダークな面を知ると、「こんな人だと思わなかった!」とか「見損なった!」とか「裏切られた気分だ!」と大騒ぎして、一方的に相手を嫌ったり軽蔑したりした挙句、付き合いをやめてしまう人がいる。

それって勿体無いなあと思う。当たり前のことだが「ダメな部分」は誰にでもあって、それを正直に見せてくれる相手、見せられる相手がいることはとても貴重だからだ。年齢を重ねれば重ねるほど、そのありがたみが身に染みてくる。

人は間違いを犯して、落ち込んで、反省して、正しく生きようと頑張って、それでもまた失敗して、の繰り返し。そんな自分に嫌気が差して絶望感に浸りそうになったとき、ただ横でその話に耳を傾けてくれる人がいることは本当に救いになる。下手な助言も慰めの言葉もいらない。ただ聞いてもらうだけで心は軽くなるものだ。

直接、伝えたことはないけれど、いつも本当にありがとう。あなたがいるだけで、人生、悪いことばかりじゃないと思えるよ。


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