ぺんぺん町
「本当にいたんだって!」
前の席に座る友人が力説する。私が友人に何を言われても信じないので、段々と声が大きくなってきた。
友人は朝登校してきて私を見つけるなり、「聞いて聞いて!」と飛んできて前の席に座った。私の前は友人の席ではないため、本来の席の主はなかなか空かない席を眺めて困惑している。まだ朝の用意もあるのに可哀想に。早めに話を切り上げなければ。
「わかったわかった。人生にはそういうこともあるよ。良かったじゃん、いたのがサメじゃなくて」
私はまだ語り足りなそうな顔をする友人に、「また後で聞くから席に戻りなよ」と時計を指差しながら促す。もうすぐでチャイムが鳴る時間だ。友人は口を尖らせながらも素直に席に戻った。
友人と交代で座った本来の席の主が鞄を片付け終わると同時にチャイムが鳴り、担任が教室に入ってきた。担任の話を聞き流しながら、友人が語った話を思い出していた。
バイトが終わり、辺りがすっかり闇に沈んだ午後九時半。私は近くのスーパーで晩ご飯を買おうと夜道を歩いていた。夜の暗さを和らげようとする街灯には蛾が集まっている。私は何となくそれを眺めながらスーパーに向かった。
スーパーに向かうための最後の信号を待っている時、視界の下の方で小さなものが揺らいだ。子どもだろうか。こんな時間に? そう思いながら反射的に下を見ると、ペンギンが四羽並んで信号が変わるのを待っていた。
ペンギンだ。
私は視線を前に戻し、信号がまだ赤なのを確認する。ここの信号は青になるまでが長い。……いや待って、今ペンギンがいた?
遅れてやってきた違和感に、また下を向く。私は今、とてつもなく非現実的なものを見なかったか。気のせいか何かの見間違いだと思ったが、足元には先程と変わらずペンギンが四羽並んでいた。何でここにペンギンが。周りを見回したが、私以外に人はいなかった。車すら通っていない。ここにいるのは私とペンギンだけだ。何だこの状況。
ここら辺に海なんてないし、大体日本にペンギンは生息していない。水族館から逃げ出したのかとも考えたが、近くに水族館もない。なら、このペンギン達は何なのだろう。
私がペンギンから目を離せずに固まっている間に、信号は青に変わった。ペンギンは信号を渡って行ってしまった。しかし私はペンギンを観察していたせいで信号は渡れなかった。というか、頭の中がはてなマークで満たされ、驚きと混乱と「ペンギン可愛い~」という呑気な感想で思考がごちゃごちゃになっていたため、信号どころではなかった。
またしばらく信号を待ち、青になってから早足で渡った。説明の付かない現象に、「あれはバイトに疲れた私が見た幻覚で、ペンギンなんて歩いていない」と言い聞かせながらスーパーに入った。
晩ご飯の弁当をカゴに入れ、ボールペンとノートも追加する。買わなくてはいけないものを思い出しつつも、頭の中は先程見たペンギンのことでいっぱいだった。
ふらりと入ったお菓子売り場で視界に入ったものに、ピタリと足が止まる。
ペンギンがジャンプをしたり棚に手を伸ばしたりして、お菓子を取ろうとしている。いや、手なのかなあれ。羽? ペンギン達の近くには、カゴが置いてある。中には魚が入っている。
先程信号で見たのは幻覚ではなかったようだ。私は恐る恐るペンギンの横を通り過ぎ、お菓子をカゴに入れた。これで買いたいものは揃ったし、早くレジに行こう。レジに向かう私の後ろからは、お菓子を取ろうと頑張るペンギンの足音が聞こえる。少しすると音が止んだため気になって振り向くと、ペンギンが途方に暮れているところだった。取れなかったんだ。
ペンギンを驚かせないようにそーっと近付き、ペンギンが取ろうとしていたであろうお菓子を取って差し出してみた。ペンギン達はお菓子を眺めた後顔を見合せると、一羽のペンギンがカゴを体で押し、私の前に運んだ。カゴに入れて欲しいらしい。
私がお菓子をカゴに入れると、ペンギン達は頭を下げてぺんぺん歩いて行ってしまった。ペンギン達の後ろに並んで店員と他の客の様子を観察してみたが、他の客はペンギン達に目もくれず、店員は普通に接客していた。何なんだ。
ペンギン達はビニール袋を咥えて自動ドアの前に立った。自動ドアが反応せず、ペンギン達はドアを見上げていたが、客が入って来ると同時に外に出て行った。お金を払う様子は見えなかったが、外に出て行ったということはきっと払ったのだろう。私の番になり、レジにカゴを置く。
「あの、ペンギンって……」
「ペンギン?」
店員はペンギンという単語に目を丸くして聞き返してきた。直感的に店員は何も知らないと判断した私は、「えーっと、可愛いですよね」と雑談の方向へ舵を切った。いきなりペンギンの可愛さを押し付ける私は、店員の目にどう写ったのだろう。
マイバッグに商品を入れ、ペンギンと同じ自動ドアから外に出た。無駄にスーパーの周りを歩いてみたが、ペンギン達の姿はどこにもなかった。
友人の話を思い出し、非現実的だなぁという感想を抱く。ペンギンが町を歩いているわけがないし、リアルな夢でも見たのではないか。
友人は休み時間も事あるごとに「ペンギンいたんだよ」と言い続け、帰り道でも「いたんだけどなぁ」と呟いていた。
こんなに言い続けるということは、もしかしたらいたのかもしれない。しかし、私にはペンギンがいたという証拠もペンギンがいた理由も、確かめる術がないのだった。
この日何回目かになる友人の説明を聞きながら、ペンギンが町をぺんぺんと歩く想像をした。
あとがき
ペンギンがいる話でした。ぺんぺん。響きが良いからこのタイトルにしただけで、二人が住んでいる町の名前はぺんぺん町ではないです。多分。