紀行文:ジョン・ロック晩年の住まいとお墓を訪ねて−(1)
17世紀の思想家のロックの晩年の住まいとお墓参りのために、ロンドンのお隣のエセックス州に出かけました。
2013年の6月25日のことです。
ハロー・ミルへ
私たちの住んでいたフィンチリーから地下鉄でロンドンの中心まで行き、そこで、地下鉄のビクトリア・ラインでトッテンハムヘイルの駅に行きました。そこで国鉄(アングリア)に乗り換え、午後2時6分、ハロー・ミル(Hallow Mill)の駅に到着しました。
駅は町外れにあるので、下の写真の道を、オールド・ハロー(Old Harlow)の町(シティ・センター)まで歩きました。
20分ほどで、目的の郵便局前のバス停(下の写真)に到着。
バスが来ない
ここから47番のバスが出ていて、そこから目的のハイ・レイバー(High Laver)の村に行けるはずなのですが・・・。
彼女の調べによると、ハロー・ミルの駅からシティ・センターであるオールド・ハローまで歩く。ロック晩年の住居と葬られている教会へは、郵便局前のバス停で47番のバスに乗り、ハイ・レイバーの村のAll Saints教会前で降りれば行けるるということでした。
1時間以上も待ってもバスは全然来ないのです。
しょうがないので、大体の見当で村に向かって歩き始めました。
ブリティッシュ・オーク(樫の木)
30分ほど歩いて、三叉路に着きました。そこに大きな木がありました。立派なオーク(樫の木)です。木の左側に小さく見えるのが、彼女(奥さん)です。木の幹は彼女の何倍もの太さです。
その木の手前に下のような、年季の入った表札がありました。
表札に曰く、「ブリティッシュ・オーク エドワード7世の戴冠を記念して植樹、1902年7月28日」。なんと100年以上前に植えられたオーク(樫の木)だったのです。
エドワード7世
エドワード7世(在位1901-1910)は、ヴィクトリア女王の長男です。1901年にヴィクトリア女王の崩御により即位しました。
英国の歴史的時代区分では1901~10年のことを「エドワード朝時代」(Edwardian period/era)と呼びます。10年にも満たない短い「時代」でしたが、この時代はイギリス人が「古き佳き時代」として憧憬しているそうです。
というのは、この時代は、どこまでも明るく陽気であり、暗く堅苦しい雰囲気に包まれがちだった「ヴィクトリア朝時代」からの明確な脱却がさまざまな分野に見て取ることができるからだそうです。
英国ではこの「エドワード朝時代」が国王の名を冠した最後の時代名称となりました。68歳で亡くなっています。お母さんのヴィクトリア女王は81歳です。
ヴィクトリア女王とその治世
ヴィクトリア女王は、1837年18歳でハノーヴァー朝第6代の女王として即位します。その治世はヴィクトリア朝と呼ばれ、英国の全盛期でした。政治・経済のみならず、文化・技術面でも優れた成果を上げました。
1901年に亡くなりますが、在位は63年7か月に及びました。
英国では、女王の治世は、いずれも長いですね。
エリザベス1世(在位1558年11月17日〜1603年3月24日)在位44年 69歳
ヴィクトリア(在位1837年6月20日〜1901年1月22日)在位63年 81歳
エリザベス2世(在位1952年2月6日〜2022年9月8日)在位70年 96歳
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