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【超ショートショート】雨と傘、と狸
雨の日は憂鬱だ。
「そういえばさ、朝から雨が降っている日に、街ですれ違った結婚披露宴に出席するらしい女の子のさしているのがビニール傘だったりすると、心底がっかりしない?」
会社の飲み会で、突然同僚の大井さんがそんな話を始めた。
「あー、それ、なんとなくわかります。そういう子ってなんか部屋も散らかってそうっすよね」
後輩の松田くんも彼女に同調した。
なにそれ、全然わからないよ。どういうこと? 私は笑いながら聞いた。
「そりゃあ、披露宴に向かう途中で雨が降ってきたからビニール傘を買うってことはありだと思うよ。でもさ着飾ってどこかに行く日に朝から雨が降っていたら、傘だってそれなりのものを持つものじゃない? 高いものじゃなくてもいいけど、ビニール傘はさすがにないでしょう」と大井さんは説明した。
ああ、なるほど。トータルコーディネートという観点では確かにそうかもね。
「駄洒落じゃないけど、ハレの日じゃん? そんな日にビニール傘を選ぶ神経が私にはわからない」
でもさ、今どきの子はわざわざ高い傘なんて買わずに使い捨て感覚でビニール傘しか持たないんじゃないの?
「だから、そういうところに気を使えない女の子は、いくら着飾っていても絶対部屋も汚いにきまってるんすよ」松田くんが力説する。
君さ、そういう女の子となんかあったの?
「いや、ありませんよー! ありませんけど、俺たちの言っていること、あたらずとも遠からずだと思いますよ」
酒の席のなんてことない会話だったのに、この話は妙に心に残った。それ以来、雨の日に道行く人々の傘に目をやることが増えた。で、なるほどと思う。ふたりの言っていたことがなんとなくわかってきた。
おしゃれな髪型、よそ行きのメイク、華やかな服装……似合わないわけじゃないけど、慣れない格好が板についているわけもなく、そこにきてビニール傘を持っているとなると、文字通りそこから普段の姿が透けて見えた、気がした。ビニール傘をさしている着飾った人々には、どことなく「人間に化けきれなかった狸」的違和感がある。上手く人間に変身したつもりだったけれどしっぽだけ隠し忘れた、みたいな。服装とちぐはぐな傘。この場合、狸のしっぽがビニール傘なわけだけど。
会社でこの話を大井さんと松田くんにしたら、「化け損ねた狸はひどいな!」と大笑いしながら、「でもそういうことっすよ」とふたりとも同意してくれた。
おかげで雨の日が少し楽しくなったよ。
「え? 狸探しが?」大井さんがおどけた調子で口をはさむ。
ううん、なんかみんな色んな傘をさしていて、薄暗い雨の日でも意外と世界はカラフルだなって。
「そうだね……」三人揃ってオフィスの窓越しに降り続く雨をみつめた。
「狸……だと思えばかわいいもんか」松田くんがボソッとつぶやいた。
やっぱり松田くんなんかあったんでしょ!
「ないっすよ、なんもないっすよ!」
あわてる松田くんをはさんで大井さんとふたり、彼をからかいながら窓辺を離れてそれぞれのデスクに戻った。
雨は当分やみそうにない。
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