【ショートショート】お菓子作りの効能とポルボロンの思い出
たまたま立ち寄った食材屋にアーモンドプードルが置いてあった。それも珍しくマルコナ種の。
そうだ、今日はポルボロンを作ろう。
最近ずっとお菓子ばかり作っている。チーズケーキ、スコーン、ブルベリーマフィン、紅茶のパウンドケーキ……。時には食事の支度を後回しにしてまでお菓子作りに熱中している。料理に関してはわりと惰性で適当に作る方だが、お菓子作りの方は訳が違う。レシピ通り分量と温度と時間をちゃんと守ればお菓子作りで大きな失敗はしない、という料理の得意なおばの言葉を思い出し、私もきっちり工程を踏む。材料を量る、粉をふるう、しっかり泡立てる。何ひとつ気を抜かない。
お菓子を作っている間はあの人が今何をしているのか、誰といるのか、そんなせんないことを考えなくてすむ。
あれは学校の課外授業だったのか、先生に連れられて修道院にお菓子を買いに行ったことがあった。注文はインターフォン越し。玄関脇のカウンターにある、卓上の回転扉のような木製の台の上にお金を置いてぐるっと回すと、今度はあっち側でお菓子を載せてまたぐるっと回して出してくれる。外部との接触に厳しい修道会だったのだろう、シスターと顔を合わすことなく購入できるシステムだった。
その時買ってくれたのがポルボロンだった。ほろほろとくずれやすいので、誰かが笑わせて吹き出させるのはお決まりのイタズラ。オーブンに入れて焼き上がるのを待つ間、そんなにぎやかな午後のことを思い出したりしていた。
きれいな焼き色がついた。少し冷めてからそっと皿に移して粉砂糖をふる。ひとつ摘んで口に含むと香ばしいアーモンドの香りに包まれた。
たくさん作ったので2、3日はおやつに困らないだろう。今日帰ったら家にポルボロンがある、そう思うとクタクタの仕事帰りでもちょっと口元がほころびそうだ。ささくれだった心も少し凪ぐ気がする。
甘く優しい記憶はよみがえり、あの人を少し遠くに追いやる。
こうやって少しずつあの人と会えないことに慣れてゆくのだろう。
たぶん、大丈夫。ポルボロンは幸せのお菓子だもの。
きっと、大丈夫。
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