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マタニティリープマガジン vol.6 二十歳に結婚。3人の子供を抱えながら手に職がなく苦労したシングルマザーが仕事と家庭のはざまで模索した自分の人生

みなさん、こんにちは。「マタニティを飛躍の機会に」。マタニティリープです。このマガジンでは毎週木曜日にメインコンテンツとして、マタニティ期、子育て期の経験とリープについて伺ったインタビュー記事を連載しています。今回は全4回にわたる高橋さんのインタビューの3回目です。読んでいただいて、共感したり、元気になったり、癒されたりと、みなさんの力となる記事になれたら嬉しいです。

マタニティリープインタビュー

〜高橋歩惟(仮名)さんのマタニティリープジャーニー〜(第3部/全4回)

現在、58歳の高橋さんには3人の子供がいる。長女が38歳、長男が35歳、次女が30歳。初孫が1人(4歳)。離婚をしてシングルマザーになり、仕事をしながら子供を育てていった高橋さんのマタニティリープの物語。

第1部:「結婚と出産、そして予期せぬトラブル」の記事はこちら
第2部:「家族と仕事の狭間で」の記事はこちら

〜3人の子供が産まれ、仕事や子育てのバランスもとれはじめたところから今回のお話が続きます。

第3部  離婚から転職へ

・次に起きたライフイベントは?
その次に起きたイベントは、下の子が幼稚園に入る前、2歳の時に離婚しました。

・そのきっかけはなんだったのですか?
自分が土日に出張で家を空けることが増え、会社でゴタゴタがあると夜が遅くなることが増えました。家にいたずら電話があったり、夫が疑心暗鬼になり、揉めることが増えました。身の潔白は明らかなのに、夫は不安に思っていました。 上2人の子供はパパっこ。一番下の子はおじいちゃんっこ。どんなに泣いてもじいじで泣き止むという特別な関係でした。夫があるとき、子供のことを「俺の子か?」と言った瞬間に何かがストンと途切れました。大喧嘩することなく、穏やかに円満に離婚することになりました。お金のことも親権も全くもめず、お互いを思いながら離婚の条件を決めていきました。最後に2人でロサンゼルスに行ったこともあります。新婚旅行は行かなかったんですが、子供を置いて最後に離婚旅行をしたのです。

・どんな仕事をしても面白がり、一生懸命してしまう。そういう高橋さんがいますね。お仕事はその後どうなりましたか?
働いていた会社の社長とうまく行かない感じになり、辞めることになりました。その後、取引先の銀行の人が心配してくれて、コンピューター系の仕事を勧められました。
1995年、マイクロソフトのWindows95がリリースされた年です。私はマイクロソフトのオフィシャルトレーナーになり、コンピューターの知識を持ち、人に教える立場になりました。月から金まで企業内でパソコンを教え、従業員全員に指導していきました。平日は家におらず、土日に帰宅し、日曜日にはその企業のある地域に出張する生活を送っていました。離婚して自立しようとしていたので、そのような生活をしていました。
しかしその生活は長続きせず、体も辛くなってきました。一番下の子が「私はおばあちゃんから生まれたの?お母さんから生まれたの?」と言ったことがきっかけで、子供たちのことを思い、仕事をセーブするようにしました。それからは自分で仕事を取り、自分のペースで働くようにしました。

・子供が幼稚園から小学校に上がり、その後はどうでしたか?
幸いなことに、子供たちが小学生になってからも、私が行事に行けない時はじいじ、ばあば、兄(独身だった)が代わりに行ってくれました。父は私の一番下の子が4歳ぐらいの時に亡くなりました。家族が助け合って支えてくれました。

・仕事を一生懸命やりながら、支えてもらい、やっていたのですね。
1995年頃は、社会的にシングルマザーであることや子供が3人いることに対してネガティブなイメージが強かったです。就職するにしても、休むかもしれない、不安定な人を雇えない、といった理由で就職活動では全滅です。他人からは、3人の子供がいて離婚していると、自分が悪い人であるか、旦那に苦しめられた人だと思われることがありました。それが非常に嫌でした。押し付けられたり、嫌な目で見られたりすることが辛かったです。
離婚し、シングルマザーとして、3人の子供を育てる。3重のハンディキャップを抱えて生きていくことが身につまされました。社会はそれを受け入れて守ってくれるわけではありませんでした。当時は手当や支援も充実していなかったです。子供手当や保育料の軽減などもなかった上に、子供手当は子供の数に応じて額が減っていたり、手続きが煩雑でした。
子供たちが差別を受けたり憐れまれることを避けるため、名前も旧姓のままにしていました。お父さんがいなくてかわいそう、お母さんが働いてかわいそうね、という言葉を聞かせたくなかった。お金のことで子供たちに不憫な思いをさせたくないという気持ちで、意地を張って仕事をし、ピリピリとした態度を取っていました。その頃は常に弱みを見せないようにしていました。

>次週、最終回、第4部:「転機-コーチングに出会う-」 に続きます。

マタニティリープ情報

マタニティリープでは、妊娠出産後の可能性や選択肢が拡がり、リープ(飛躍)につながるイベントやワークショップを開催しています。
今後はこの2つのスケジュールを予定しています。
2023年12月4日(月)11時から12時半「マタニティリープ出版イベント」
2023年12月14日(木)11時半から13時「ゆくリープくるリープ」(年末イベント)
詳細が決まり次第、またお知らせさせていただきます。

マタニティリープから本が出版されます。
来年前半に出版予定の本を執筆しています。4人の仲間で執筆しているのですが、それぞれの子供たちが病気になったり、本人も体調が悪くなったりと「ママなのにままならない」日々なのでした。それでも笑いながら出版に向けて頑張っています!マガジンに続き、こちらもどうぞお楽しみに!

編集
マタニティリープ合同会社
https://www.maternityleap.com/


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