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『哀しみのベラドンナ』失われた美術原画復元計画(第2章)

●失われた美術原画を求めて

先にも述べたように、『哀しみのベラドンナ』の美術原画は大部分が失われている。長年倉庫で積みっぱなしとなっていた間、倉庫には映画人・アニメーション関係者が多数出入りしており、「ご自由にお持ちください」状態だったようなので(※註)、今後、未発見の美術原画が出てくる可能性はある。実際、国内外のネットオークションでベラドンナ関連の出品がたまにあるが、ポスターやパンフレット以外の多くは当時のセル画やアニメ原画をトレスした色指定紙などであり、深井国の肉筆原画ではない。

※註 私のこの文は発表前に何人かのアニメ関係者に送って内容をチェックしてもらっている。その中の片渕須直監督から、「自分が倉庫で原画を目撃したときは『ご自由にお持ちください』という感じではなく、部外者が持ち出せないようにそれなりに管理されていた」と言われた。

ただ片渕監督が倉庫でベラドンナの原画を目撃したのは80年代で、70年代までは撮影済みのアニメ原画や特撮映画の小道具には価値が認められず、事実上「ご自由にお持ちください」状態だったことを何人かの老コレクターから聞いている。

私はある特撮マニアの家でアンヌ隊員の制服や、『モスラ対ゴジラ』で撮影に使われたザ・ピーナッツの紙粘土製の人形を見せてもらったことがある。幼虫モスラの頭に乗っていた人形である。初代『ゴジラ』のオキシジェン・デストロイヤーの「本物」や、筆文字で書かれた大戸島の神主の祝詞が書かれた巻物の「本物」もあった。そのコレクター氏は東宝に行くと「あっ! 大盗賊!」と社員から呼ばれたそうである。以上は70年代の話で、もちろん今はきちんと管理されているはずである。

閑話休題。

筆者(竹熊)が「ベラドンナの美術原画を集めて画集を作ろう!」 と思い立ったのは2023年の夏だった。秋に深井国氏の連絡先が判明し、連絡を取ることができた。深井氏は現在89歳。私の父親がその歳で苦しんで亡くなったので、まことに失礼ながら、お会いして、そのお元気なことに驚いたのである。

深井氏はベラドンナの原画をまったくお持ちでなかった。もともと自作を保存することに執着心がないようで、仕事先から原画が返却されることもあまりなく、ご自身も「そんなものだ」と思っていたようだ。

深井国先生と筆者。2024年7月27日、撮影稲井秀寛。

漫画原稿もそうだが、雑誌に頼まれて描いたイラストレーションも、よほどの巨匠の作品でない限り、ある時期まで、画稿は印刷に回された時点で「用済み」となった。アニメーションも同じで、映画が完成した時点で原画は処分されてしまうことが多かったのである。

私は70年代の末にマニアの噂話として「『太陽の王子ホルスの大冒険』のセル画は東京湾に眠っている!」と聞いたことがある。映画完成後、大量のセル画の始末に困った製作会社のスタッフが東京湾に段ボールに詰めたセル画を何箱も不法投棄したというのだが、真偽の程はわからない。私が言いたいのは、オタクビジネスが事実上存在しなかった70年代は、そういう噂話に、いくばくかの信憑性が出る時代だったということだ。

今でこそ漫画もデジタル制作が一般化したので原稿返却は不要になったが、70年代中盤までの漫画原稿は会社の倉庫に放置して、作者から返却希望があれば返すが、その希望がなく10年20年経って置き場所がなくなると廃棄されることも多かったのである(70年代中盤以降は雑誌連載した漫画をコミックス化して二毛作的に儲けることが普通になり、漫画原稿はいきなり「資産」となった)。

筆者が聞いた話だと、50年代の貸本漫画では、入稿して用済みとなった漫画原稿は読者プレゼントに回されるか、年末に庭で芋を焼く際の焚き火の焚き付けにされることもあったそうだ。それで文句も出なかった。戦後のある時期までは、「著作権」という観念が版元にも、作者にすらほとんど無かったのである。

ただ白土三平は、製版が済んだ原稿は必ず返却するように要請し、編集者を驚かせたそうだ。白土にははじめから作家意識・作品意識があったのだが、これは例外的存在だった。『ベラドンナ』の原画が見つからず、消滅した可能性が高いとなると、残る手段はひとつしかない。フィルム、またはDVDやBlu-rayなどから深井国の原画を「復元」するのである。

●米国で奇跡の4Kデジタルリマスター化。限定豪華本も

『哀しみのベラドンナ』、実は4K化され、デジタルリマスターされている。日本で、ではない。なんとアメリカでだ。2016年に4K化された映画は全米30館でロードショー公開されており、この驚くべき事実を筆者は数年前に知った。米国での劇場公開はそれが史上初だったらしい(フランスでは70年代にアート系劇場でロング・ランしていて、当時からカルトムービー化していたと聞いた)。

筆者は最近まで米国公開の事実を知らなかった。日本ではまったく報道されなかったからだ。しかし欧米では、それこそ70年代から『ベラドンナ』には熱狂的なファンがおり、アメリカの映画関係者にもファンがいて、少なからぬ予算を投じてこれを4k化して映画館にかけようと考えた仕掛人がいるようなのだ。この文章を書いている時点で、筆者は英語が堪能な人と協力して、その仕掛人を探しているところである。


『ベラドンナ』はもともと米国版や英国版・フランス版DVDが出ていたが、4k化にあわせて4kマスターを使用したUHD(ウルトラハイビジョンディスク)やBlu-rayが各国で発売されている。しかし日本では、大昔に画質が劣るレーザーディスクとDVDが出たのみで、高画質な4kマスターによるBlu-ray発売も劇場上映も実現していない(地方の映画祭などで限定公開されたことはある)。

2016年に発売された「哀しみのベラドンナ(Belladonna of Sadness)」の米国版UHD。一度廃盤になったが、今年になって新装版で再発された。


日本では公開から半世紀を経て、作品は半ば忘れ去られ、よほどディープなアニメファン以外は話題にしない「幻のアニメーション映画」になっているのに、欧米では4K版が劇場公開されてUHDにまでなっている。

米国のNetflixなどでは普通に配信で観られるが、契約の関係なのか、日本のNetflixでは観ることができない(裏技を使えば観られなくもないが、ここには書かない)。国内外のあまりの格差に筆者は愕然とした。正真正銘の日本映画なのに、である。

そして映画の全米公開にあわせ、2016年に限定豪華本も米国で出版されていた。とうの昔に『ベラドンナ』は画集になっていたのである。

米国での4K上映に伴い限定版で発売された『哀しみのベラドンナ・コンパニオンブック』表紙。
『哀しみのベラドンナ・コンパニオンブック裏表紙。A4判ハードカバー全196ページ。

筆者は「先を越されていた!」と悔しい思いをしたが、画集を開いて、あることに気がついた。画集は4k上映用のフィルムデータを使って作られているが、3対4のオリジナルフィルムの画角をそのまま使ってレイアウトされている。しかし、それだと映画の画集にはなっているが、深井国の原画を忠実に再現したものとは言えない。もちろん映画で使用された画も深井国の原画なのだが、撮影された原画と、撮影前のオリジナル原画は根本的に異なるのだ。この意味を、次の項目で説明する。

●修復でも複製でもない「原画復元」とは?

まずは『哀しみのベラドンナ』の次の場面を見ていただきたい。

村の結婚式の日、この地方の習慣に従って新郎(ジャン)と新婦(ジャンヌ)が領主である男爵の城まで結婚の報告に来る。男爵は婚姻税として雌牛10頭を税として納めよと通告する。

貧しい若夫婦の家には1頭の雌牛しかおらず、とても支払えない。新婦のジャンヌは男爵の奥方様の足元にひざまずき、なにとぞ減免を、と慈悲を乞う。カメラがジャンヌからパンアップして、貧しい村娘を冷たく見下ろす奥方のバストアップになる場面である。

この場面、米国版画集では次の写真のようにレイアウトされている。

米国版画集は、ある程度映画のストーリーを追うように編集されている。

左ページの下段の場面と、右ページ上段の場面は、本来は一枚の絵として描かれているのだが、この画集では下段と上段を分割して左右のページに配置している。なぜ、こうなるのかというと、この本は基本的に3:4のスタンダートサイズのフィルムから画面キャプチャしただけの素材で構成されているからである。つまりこの本は基本的に映画の画面をそのまま収録しているだけで、「原画復元」という手間のかかる作業がされていないのだ。

あらためて、はじめの場面の動画をフィルムのコマごとに取り込んでパソコン上で再構成すると、次の一枚の絵になる。

これが深井国のオリジナルに限りなく近づけた美術原画。絵の全体が見られる画面は映画には存在しない。

さらにこの作品の特徴として、果てしなくどこまでも続く横移動のパンニングがある。作品の冒頭シーンが典型的だ。

これを復元したものが以下の写真になる。『ベラドンナ』には、こういう異様に横に長い美術原画が多用されている。いま動画で引用した絵は、スタンダードサイズの8画面分、B4サイズの紙で再現したら横幅が2メートル91センチだった。ほぼ3メートルの原画である。これは短辺がB4の長い紙に印刷し、巻いて筒に入れたものをリターンにする。アニメーションの原画集はたくさん出ているが、こういう長尺を掲載することは余り無いはずである。

どこまでパンするのか、見ていて不安すら覚える横長原画。ベラドンナにはこういう長尺の絵が沢山使われている。(クリックで拡大)

また冒頭シーンの後にはジャンとジャンヌを祝福する縦長動画が三連続で続く。動画に続けて、復元した原画を掲載する。

絵の輪郭線はHの鉛筆で描かれている。深井国はHとHBの薄い鉛筆でベラドンナの原画を描いた。撮影したカメラマンはライティングにかなり苦労したのではないだろうか。

筆者がいう「原画復元」の意味がお分かりいただけたであろうか。

●クラウドファンディングによる原画復元、豪華画集に向けて

この作品を画集にするにあたって最大の困難時は、失われた横長・縦長原画をフィルムのコマ単位で繋ぎ合わせて復活させることである。復元原画は、一枚一枚深井国先生の監修を得て決定画稿とする。このような原画が300点近くあるのである。

もちろん、深井国氏の絵を映画撮影した際には、様々なライティングやフィルター処理が加わっており、完全に元通りの絵に復元するのは現在のデジタル技術をもってしても不可能か、非常な困難に見舞われるであろう。

それでもこの作業に挑戦したいと思うのは、オリジナル作者の深井国氏が健在で、今も毎日絵を描き続けているからである。深井氏は年明け1月5日に90歳になる。何としても、いま、やらなければならない。

9月初旬にモーションギャラリーでクラウドファンディングを実施する。

クラファンは二回に分けて行なう。第1弾は「原画復元の予算を調達するクラファン」で、これのリターンは本ではなく箱入りの原画セットである。復元はB4サイズで考えている。この中には幅3〜4メートルの絵も含まれているが、短辺がB4のロール紙印刷になる。

第2弾は「豪華画集を制作するためのクラファン」である。復元した原画に編集を加えてハードカバーの豪華本にする。価格は3万円以上になると思う。豪華本は原則書店売りはせず、インターネットで注文を取っての通信販売となる。
これ以外にも廉価本も制作する予定で、これはどこかの版元にお願いしての一般流通本にしたいと考えている(既にいくつかの版元からの問い合わせはあるが、どこで出すかはまだ決めていない)。

さらに、200ページ程度の解説本も制作する。これは複数の著者に原稿を依頼して読み応えがあるものになる予定。廉価本・解説本ともに5000円程度の価格となる予定。

第二弾豪華本クラファンについては、実施時期が近づいたら公式アカウントから告知する予定です。

●公式「ベラドンナ原画復元計画」

モーションギャラリーでのクラファンは国内向けで、秋の豪華本制作・海外向けクラファンについては、Kickstarterになるか、Indiegogoにするかはまだ検討中。これも公式にアクセスしてくれたら分かるようにします。

クラウドファンディングが開始されたら、何卒ご協力のほどよろしくお願いします。リターンは高級印刷を使った高額品から、お求めやすい価格のリターン(印刷の簡略化、またはミニチュア化したもの)も用意しています。

ポスターA。写真ではわかりにくいと思うが、背景のグレーは銀インクが敷かれている(B2サイズ)。私見では、この絵は深井国の最高傑作ではないかと思う。




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