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ブニュエル+ダリ「アンダルシアの犬」(Blu-ray)「黄金時代」(DVD)

ルイス・ブニュエルとサルバドール・ダリの合作「アンダルシアの犬」(Blu-ray)「黄金時代」(DVD)2枚セットです。どちらにとっても映画の処女作で、ルイス・ブニュエルはこの後長い間映画監督として活躍しました。

どちらも販売はIVC。「アンダルシアの犬」は各社から廉価盤DVDが出ていますが、このBlu-ray盤は日本で出ている中では最高の画質で、1960年にブニュエル監修の下に製作されたサウンド版です。このような古い映画をここまでの高画質、しかも公式の音楽付きで観るのは初めてで、劣化したフィルムの版は何度も観てますが、「実はこんな映画だったのか!」と驚くこと請け合いです。


シュルレアリスム映画の金字塔「アンダルシアの犬」は、ルイス・ブニュエルとサルバドール・ダリが1928年に共同製作しました。

女性の目玉をカミソリで切り裂くシーンがあまりにも有名ですが、よく見ると目玉は死んだ牛の目玉です。それでも生理的に刺さる場面なのは確かで、グロが苦手な人にはお勧め出来ません。

それ以降もシュールなイメージを繋いで一本の映画にした感じで、特に筋が通ったストーリーはないです。

ただ、いかにもダリという感じの手から蟻が這い出てくるシーンとか、切断された右腕を杖でつつく少年など、悪夢を見ている気分に浸れることは請け合いです。

夢みたいな、とはシュルレアリスムを評するにあたっては全く正しい表現です。シュルレアリスムは20世紀初頭、フロイトが「精神分析入門」で人間の意識には覚醒した日常意識と、心の奥底に眠っている「無意識」の領域が存在することを発見したことに触発されて生まれた芸術概念だからです。

フロイトは、人間の心の奥に存在する無意識の領域では、日常の道徳や常識は存在せ時間の流れや物理法則とも関係のない世界が広がっていて、目覚めている時にそれを感じることは無いが、唯一、夢を見ている時にのみ、無意識を感じることができると考えました。

フロイトはもともと精神科医としてヒステリー患者の「夢」を研究しており、「夢判断」という本を最初に書いています。ここで、どうやら人間には表層意識の裏側に欲望と感情、性的衝動(リビドー)が渦巻いた無意識の世界があり、これは眠りについてから「夢」として現れると考えました。そしてそうしたリビドーによって人間は動いていて、目覚めている間にも気づかずにそれの影響を受けているのだ、としました。

人間の「心」は、じつはこの無意識が本体なのだと考えたのです。これは20世紀の3大発見の1つとされています。ちなみに残りの2つはダーウィンの進化論とアインシュタインの相対性理論です。

これに影響されたフランスの詩人アンドレ・ブルトンは1924年「シュルレアリスム宣言」を書き、人間の深層意識に潜む、日常意識からすればカオスで狂った世界こそが新しい芸術のテーマになり得ると説きます。

ここに芸術運動としてのシュルレアリスムは始まったのですが、それは詩・小説・絵画のみならず音楽・演劇、映画などあらゆる芸術領域に広がりました。

映画の分野においてシュルレアリスムを実現したものが「アンダルシアの犬」になります。

ブニュエルは映画を観た観客が怒り出して作者に食ってかかることを予想し、ポケットに投石するための小石を詰めて上映会に臨みました。しかし、観客席にはパブロ・ピカソ、アンドレ・ブルトン、マックス・エルンスト、ジャン・コクトー、ルネ・マグリット、マン・レイなどなど、20世紀を代表するヨーロッパの文化人・芸術家が詰めかけていたため、映画は大喝采で迎えられたのでした。

その後1930年に2人は「黄金時代」を共同制作し、これで2人の合作映画は最後です。因みにこの映画、フランスでも最も早い時期のトーキー映画です。

「黄金時代」も筋と言えるものは無いシュルリアリスム映画なのですが、今度は映画館で上映中に余りの不条理内容に揶揄われていると感じた観客がスクリーン目掛けて爆弾を投げる事件が起きました。なんの前触れもなくベッドに牛が寝ていたり、上流階級のパーティ会場で突然悲鳴が上がり、全身を炎に包まれた女性が扉を開けて入ってくるが、誰も気に留めずパーティが続く。

会場の庭の石像の隣でラブシーンを演じている男女が、最初は互いの唇を重ねているが、その途中で石像の足の爪先に目を奪われた男が石像の足を舐め始めると、女もうっとりとしながら石像の足を吸い始めるなど、異常な出来事が突発的に、次々に起こる呼吸がある意味「お笑い映画」として見れなくもありません。

もしブニュエルが「お笑い」を目的にこの映画を作ったのだとしたら、あまりにも時代を先取りし過ぎていたことになります。

爆弾騒動のお陰でフランスではその後半世紀もの間上映禁止となり、ダリはスペインに帰国し画家としての活動を続け、ブニュエルもスペインで映画作家の道を進みます。

ブニュエルはスペインのフランコ政権を批判するドキュメンタリー「糧なき土地」を作り、公開禁止となったばかりか指名手配まで受けました。

「アンダルシアの犬」「黄金時代」ともに紛れもないシュルリアリスム運動の中から生まれた映画ですが、ブニュエルの仕事の中でこの2作はどちらかというと例外で、娯楽映画も多く撮っています。ただしどの映画にもシュルリアリスムとしか言いようのないシーンが混じっていて、他に類を見ない孤高の映画作家として、その評価は死後も高まるばかりです。


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