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モーニングムーン

 20数年前、真冬の某日。金がなかった。

 知人を通じて、さる筋よりコンサートチケット入手のタスクを命じられ、チケ発前日の夕方5時、と或る楽器店に隣接するチケット販売店へ向かった。

 この任務における最大の使命は 「購入待機列の先頭確保」 だったが、店に到着した時点で無事クリアした。誰もいない。あとは店先で翌朝10時の開店を待つだけだ。

 ひたすら暇である。たまに隣の楽器屋へ入る。ギターをながめる。金はない。ただながめる。店を出て定位置に戻る。まだ誰もいない。を、何度か繰り返す。寒い。羽織っていた古着のボロいN-3Bが、いっそう寒さを増幅させた。

 夜10時過ぎ、古着屋の仕事を終えた友人が合流した。まだ他には誰もいない。差し入れと毛布にだいぶ救われる。

 深夜1時過ぎ、通りの喧騒はだいぶ静まった。そうしてこちらも次第に会話が減っていった。毛布にくるまってはいたが、徐々に足先の感覚がマヒしてきた。Dr.マーチンはああ見えて、意外と寒さに弱い。薄暗がりのなかで二人うずくまった。

 深夜3時頃、店の前を通りがかった中東系の男3人組が、こちらに向かって何かワーワー言ってきた。周りには誰もいない。とりあえず彼女には逃げる準備をさせつつ、僕一人でおそるおそる彼らに近寄った。すると彼らは僕を近くの自販機まで連れて行き、缶のホットおしるこを2本奢ってくれた。言葉がわからないので何を言っているのかは理解できなかったが、僕らの身なりや様子を見て「今はクソみたいな毎日かもしれないが、いつかきっとキミらにもいいことあるさ、希望を捨てずがんばって生きるんだぞ」みたいなことを熱心に伝えようとしていたのだろう。勝手にそう解釈した。ありがたくおしるこを戴く。


 ようやく建物の隙間から冷たい朝の光が射してきた。西の方角には、まだ月が浮いている。

 “ そっと街は動き出す


 朝10時、白い毛皮のコートを纏ったおじさんが現れた。もうその頃には、僕らの後ろに十数人並んでいた。そしておじさんの指示通りに、○ャゲ&飛○のチケットを数枚購入した。最前列ではなかったけど、そこそこ良い席だったと記憶している。そのチケットをおじさんに渡し、対価としてツェーマンゲーセンを受け取った。おじさんはのしのしと去って行った。その後は知る由もない。

 缶のおしるこを奢ってくれた彼らに、なんだか申し訳ない気持ちが湧き上がってきた。しかしおれには金がなかったのだ。

 すこし後ろめたく思いながら、雑踏をすり抜け帰途についた。

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