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マタタビの小説(12)

今回はどのような流れになっていくのでしょうか。


監視カメラのアカウント


 いつものように仕事を終えた麗良は、足早に病院を出て、家路に就いた。しかし今日は寄り道をすることになっていた。電車を少し乗り継いで、デパートに立ち寄った。数少ない同僚との会話の中で、日々の業務の疲れをどうしているか話をしていたところ、ある入浴剤が効果的であるとの話を聞いたため、試してみたかったのだ。マッサージの予約も考えていたこともあり、少しでも早く試してみたかったのだ。
 教えてもらった売り場で、早速その入浴剤を見つけて購入した。普段、彼女が用いているものよりも高めではあったが、今の疲れ切った身体にはすぐにでも必要であったのだ。

 自宅に戻り、夕食を済ませると麗良は早速購入した入浴剤を使って湯船に入った。炭酸がかなり強めに肌を刺激するのと、香しいローズの匂いが麗良をリラックスさせてくれた。いつもより長めに湯船で時間を過ごした。

 湯船を出てもしばらく体の暖かさは続いており、香りも十分残っていた。いつもの湯船でのバスタイムではあったが、いつも以上に体は軽く感じた。

「すごいな… 入浴剤だけでもこんなに違ったりするんだな……
 週1回くらいのご褒美にはいいかも。」

 パジャマを着て、麗良はしばらくくつろいだ。そしていつもの作業にとりかかった。今日は、全国で4回目の予防接種が始まったこともあり、SNSでもその話で投稿が続いていた。接種を推奨する者、安全性を問題視して反対する者、追加接種の度に、感染者数の増大が遅れて生じていることをアピールする者など、意見の応酬が続いていた。

(結局、喧嘩になっちゃうのは良くないんだよなあ。楽しいことだけで私はいいのに。)

 そう思いながらしばらく眺めていた時、着信音が大きく鳴った。DMの受信を通知する音だった。確認ページを開くと、以前も2度送ってきていた、あの監視カメラのアカウントからだった。

「え… またこの人だ。なんか気持ち悪いって思ったから、前は消したんだけど。しつこいなあ…」

 麗良は今回も削除をしようと長押しをするため指をあてたが、つい手元が不安定になり、タップしてDMを開いてしまった。偶然と言えばもちろん偶然であり、彼女自身は見たくてそうしたわけでもなかった。

 だが、そのメールの内容を見て、麗良はしばらく動けなくなった。
本文はたった1行で、

「みてるよ…」

 とだけ記されていた。更には動画が添付されていたのだ。煩雑な駅の動画のようであった。まったく興味はなかったが麗良は動画を再生してみた。だが、麗良にとってその内容はあまりにも恐ろしく、途中で見るのを止めてしまった。しばらく体の震えが止まらなかった。

 動画は、駅の改札からホームに向かう彼女自身の姿が映し出されていたのだった。その動画に写っていた自分の姿から、いつのものなのかすぐに分かった。オフ会に参加した時のものだった。

 彼女が感じた違和感は、これだったのだった。

 


志保と麗良


 志保は彼に振られてから、SNSで荒れていた。アンチのコメントに激しく攻撃していた。彼女は普段そのようなことはせず、放置していた、いや、出来ていたのだ。だが、今の彼女には心の余裕が無く、どうしても自分を否定する輩にはとにかく寛容さを失ってしまっていた。その発言をみた彼女のフォロワーからは、

「どうしたの、しほさかさん。いつもと様子が違うよ?あんな奴ら、相手にしなきゃいいのに…」

『時間の無駄だぜ。お前らしくないぞ、しほさか。』

 などと、彼女を静止させるような発言が続いていた。しかし志保にはまったくそれが見えておらず、感情の赴くままに自分を否定する相手に攻撃的な発言を続けていた。当然、多くの目にそれは留まるようになり、いろいろな方面からも返信が相次いだ。いわゆる炎上であった。
 相手もより挑発的になり、次第にエスカレートする中で志保は罵詈雑言を繰り返した。結果として、彼女のアカウントは制限をかけられることとなった。それを見た多くの人が不快に感じて通報したのであろう。
 これにより、志保はしばらく発言できなくなった。このような環境になって、初めて志保は冷静さを取り戻したのであった。折角取った休暇は、こうして無駄な言い合いを繰り返すことでほとんど費やしてしまったのだった。
冷静になったことで改めて自分が発信した内容を見て、志保は改めて自分の愚かさに気付くこととなった。プライベートの件の悲しさも相まって、志保は自分がどうかしてしまったのではないかと錯覚するに至っていた。

 志保は気持ちを切り替えるべく、プロフィール欄を更新していた。

「見習いナースのしほさかです。この度、制限かけられちゃいました。まだまだ社会人として未熟な私ですが、少しずつ精進して参ります。」

 拓望は昼休憩の時間にSNSを開き、志保の書き込みを確認した。あんなに大人しく丁寧に自分に接してくれた志保が、まるで別人になってしまったかのような、他人との激しいやり取りが続いていたのだ。さすがに拓望も驚きを隠せなかった。とっさに志保にメッセージを送った。

「どうしちゃったの? しほさかさん。どうしてそんなに喧嘩してるの?」

 その日の夜まで待ってみたが、志保からの返信は届かなかった。


 同じ日に、麗良も志保の発言を見て驚いていた。いくら会った事の無い相手とはいえ、これまで交流を続けていた存在でもあったため、これまでとの変わり様に心配な気持ちになった。

『一体どうしたの? しほさかさん。いつも交流してるけど、今みたいなしほさかさんを見たのは初めてだよ? 何か嫌な事でもあったのかな?』

 しばらくして麗良には志保から返事が届いた。短い文章だった。

【すいません、れらりんさん。ついついやっちゃいました。いつも丁寧にお話できるれらりんさんには、私はふさわしくないですね。お気遣いありがとうございますっ。】

 それから麗良と志保はしばらくDMでのやり取りを行った。志保はプライベートがうまくいっていない事、そのためにカッとなってつい当たり散らしたことを打ち明けた。麗良には、離れたその先で涙を浮かべている志保の姿が容易に想像できた。なるべく元気づけたい麗良ではあったが、志保のトーンは一様に暗いままであった。

『生きてればいろいろ楽しいことも辛いこともいっぱいだよ。それをひとつずつ乗り越えて、大人になっていくんだよ。頑張ってね。応援してるからね。』

 志保にそう送って、その日のやり取りは終わった。気が付けば、時計は20時を指していた。麗良は慌てて夕食の準備に取り掛かった。

 寝るまでのことを一通り済ませ、布団に入って眠ろうとした時、着信音が鳴った。スマホを手に取って確認すると、拓望からのメッセージだった。


「れらりんさん、夜分にすいません。勝手なメール失礼します。今日、志保さんが…いやしほさかさんがSNSで荒れていたので、メッセージを送ってみたのですが、返答が無くて。普段やり取りしているれらりんさんなら何か知っているかと思い、連絡させていただきました。何かご存じでしょうか?」



今回はここまでになります。


 

次回予告


・戸惑いと意識

・追い詰められる麗良


 ご期待ください。


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