マタタビの小説(5)

 こんにちは。引き続き頑張って参ります。


志保の誘い


「先生、SNSってご存知ですか?」

志保の問いかけに、拓望は声を詰まらせた。正直なところ、名前しか知らなかったからである。携帯電話も最近スマートフォンに切り替えたばかりであり、とても使いこなせているとは言えない状況であったからだ。
 ソーシャル・ネットワーキング・サービス。どういった種類があり、どう使い分けるかなど、拓望にはまったくもって未知の世界であった。連絡は通話やメールで事足りた生活を送っていた訳で、その時の彼には決して必要なツールではなかった。だから、興味も当然湧かなかった。

『なんか、聞いたことはあるけどね……使ったことはないかな。
電話と電子メールで十分だと思うし。』

志保はすぐさま話続ける。

「じゃあ、先生の連絡先、教えていただけますか?今日で最後ですもんね、ここでのアルバイトは。」

『え…… 弱ったな。別にいいんだけど、電話は好きじゃないし、メールだって、ほら、筆不精だから。あまりメール開くこともマメにしてないし。』

「なら、私が連絡先を渡したら、すぐに連絡してくれますか?」

『どうだろ……わからない。そもそも君の大切な個人情報だよ?』

志保は少し微笑んだように、拓望には見えた。

「やっぱり。個人情報のやり取りには、新参者の私には難しい、ってことですよね? まあ、無理もないですよね。」

普通は願いが叶わなければ悲しい顔をするはずなのに、志保はより積極的に拓望に話しかけた。

「それなら、先生はやっぱりSNSを始めなきゃダメみたいですね。うんうん。」

『それはどういう意味なのかな?会話や交流は苦手だし、連絡先を知ってるのも身内や一部の友人だけだし。全く知らない相手に、自分の名前や電話番号を教えるなんて……』

「それがまったく必要ないとしたら、どうですか?先生を特定するような情報は、全部秘密のままでいいんですよ。直接の知り合いでもない相手と、自由にメッセージが交換出来たら、どうですか?」

『そんなことが出来るのかい?』

 拓望は好奇心旺盛な子供のように、志保に問いただした。まったく自分の知らない事を、ひとまわり以上年下の彼女が当たり前のように話しているからだ。無知であった自分を恥じるのではなく、驚きと興味、知的好奇心が勝った結果であった。これまで閉鎖的な生活を送っていた拓望にとっては、
 拓望のその態度を見て、自慢げに志保は続けた。

「Toitterって言うんです。トイッターって読むのかな。なんか日本語っぽくて親しみやすいんですよ。〇〇と言った、みたいでしょ?」

『なんか、ギャグみたいだね。面白そうだね。』

 まだ志保は勤務中であったため、彼女の退勤後に拓望のスマホにインストールや操作方法について、レクチャーを受けることになった。時間と場所は、当然主導権を既に握っていた志保が指定した。そこは、病院に近い志保の馴染みのファミレスだった。
拓望は、時間前行動をモットーとしてこれまで生きてきたため、志保の指定の時間よりかなり早く到着してしまった。こういう場合、大抵は女性は遅れてくるものである。化粧直しや、洋服を選んだりしているうちに、時間が過ぎてしまうものだ。数少ない拓望の恋愛経験においても、やはりそうであった。だから、きっと志保も遅れてくるに違いないと考え、先に店内に入って志保の到着を待つことにした。案の定、指定された時間になっても、志保は現れなかった。

指定の時間から、30分が過ぎた頃から店内は客で賑わい始めた。注文したコーヒーを飲みながら、ただ何をするわけでもなく拓望は志保の到着を待っていた。
    拓望の座ったテーブルの隣には、6人の女性が座っていた。店内の賑やかな雰囲気とは違い、静かだった。何を話すわけでもなく、お互いの顔と各々のスマホを交互に確認しているような、ある種異様な光景に拓望の目には映っていた。しばらくして、その内のひとりが、口を開いた。

「ではこれから、Toitterのニャンコサークルサークルのオフ会を始めたいと思いまーす。みなさーん、はじめまして。私が今回の発起人の、ペルシャでーす。」

その後、隣のテーブルは急に賑やかになった。参加した他のメンバーも同様に自己紹介を始めた。マンチカン、ラグドール、ミケ……。後の2人は聞き取れなかったが、おそらく残りのメンバーも、何らかのネコの種族を名乗っていたのであろう。その先も、お互いをその呼び方で会話が進んでいく。拓望には、信じられない光景であった。少し動揺したためか喉が渇いてしまったため、夜が深まっていく時間帯であるにも関わらずコーヒーを再度注文してしまっていた。

そのコーヒーを飲み終わって一息ついた時、志保との約束の時間からは既に2時間が経過していた。


    この同じ日、麗良はいろいろと考えた結果、以前に真中から届いたメッセージに返信することにした。

「この度は、お仕事のお誘いで声を掛けていただき、ありがとうございます……」


  

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