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マタタビの小説(11)

更新します。


志保の異変


 恋人に別れを告げられた志保は、しばらく立ち直ることはできなかった。仕事も手に付かず、ヒヤリとすることがちょくちょく目立つようになった。職場の先輩ナースには、志保のヒヤリハット報告が増えていることに不機嫌だった。
 ある日の勤務後、志保は師長に呼び出された。

「榊原さん、最近どうしたのかしら。ここは忙しい部署なのは私が1番よく分かってるつもりだけど、ちょっと多いよね、報告が。幸い、患者さんには実害はないレベルではありますけど。どうしたの? 疲れてるの?」

『いえ、師長さん。そうではないです。私もまだ若いし、元気だけが取り柄ですから。ですが……ご迷惑をお掛けして申し訳ありません。』

「何かあったの? ご家族のこと?」

『いえ、母も弟も元気です。そういうことではありませんから。』

「そう、ならいいのだけれど。明日から休暇みたいだし、ゆっくりしてらっしゃいね。今日はもういいわよ。」

 そう言われて、志保は部屋をあとにした。自分のプライベートな悩みなど、相談できるはずもなかった。師長は優しかったが、大きく釘を刺された気持ちだった。更衣を済ませて、志保は家路に急いだ。

 病院の近くにあるワンルームのマンションに志保は住んでいた。家に入るなり、バスタブに湯を張り始めて床に座り込んだ。
 仕事も上手くいかない、プライベートでも失恋したばかり。志保は自分に自信を無くしていた。明日からの休暇は、彼に予定を合わせて取ったものだった。本当なら楽しい休暇になるはずだったが、虚しい空白となってしまった。
 翌日朝。結局、志保はその日眠れずに朝を迎えた。予定も何もない休日がこれから始まろうとしていた。こうなってしまったのも誰が悪いわけでもなく、自分の心の弱さが原因であることは分かっていた。だがどうすることも出来なかった。
 しばらく考え込んだ挙句、沈み込んでしまった自分を励ますために、午後からショッピングに出掛けることにした。くよくよしていても何も始まらないし、これからの未来の自分に投資することで新しい自分に出会えるかもしれない、そんな気持ちだった。

 自宅を出て、最近同僚に教えてもらった洋服店に向かった。ピンクや黄色など、ガーリーな色を好んで着ていたこともあり、志保は新しい色彩の服を選ぼうとしていたのだ。嗜好を変えるというのは結構勇気がいることであり、結局選びきることができなかった。結局、仕事で用いる白いキャミソールを購入しただけだった。

 店を出てから、朝昼とも何も口にしていなかったことに気付いた志保は、少し早めの夕食をするため、飲食街に向かった。本当なら今頃彼と一緒に訪れていたかもしれないと考えると、どの店も入りづらくしばらく歩いた。結局ひとりでも入りやすいラーメン店に入ることにした。

 食券を購入して席についてから、志保はスマホを手に取った。今日は一度も開いていなかったSNSの確認だった。いつものようにフォロワーの多い志保のアカウントには、多くの返信やDMが届いていた。いつもなら流すことができるネガティブな返信を見つけた志保は、この時ばかりは火がついてしまい、つい言い争いをしてしまった。延々と続くその言い合いの中で、徐々に言葉は汚く、攻撃的になっていることに志保は気づいていなかった。

 そのやり取りは、拓望と麗良の目にも留まっていた。



見知らぬアカウント



 SNSを見ていた麗良に、今まで見たこともないアカウントからのDMが届いていた。そのアカウントは監視カメラの写真をアイコンにしており、なにか不気味だった。気持ち悪いと感じた麗良は、開封することもなくそのDMを削除した。どうせ、いたずらだろうとその時は気にしていなかった。

 何日か経過して仕事を終えた麗良は帰路に就いた。電車に乗った麗良はいつもはただ座っているだけだったが、たまたま切り忘れたスマホの通知音が鳴ったことで、スマホを開いた。SNSからのDM通知だった。確認すると、先日読むことも無く削除したアカウントからだった。この日も同様に未読のまま削除した。疲れていたためか、この時もあまり気にすることはなかった。

 その数日後、そのアカウントから3度目のDMが届くことを麗良は知るはずもなかった。


 Toitterでは、クイズを出すことが流行っていた。ある写真を添付して場所を当てさせるものや、キーワードからあるものを連想させるものなどがトレンドとなっていた。
 人のクイズを解くことは拓望の楽しみの一つとなりつつあった。高校生時代に母校でクイズ研究会を立ち上げ、その初代部長を務めた程の無類のクイズ好きでもあった。雑学的知識を積み上げることが今でも彼の趣味でもあった。

 麗良は、SNSで自らもクイズを出題してみることにしてみた。馴染みのフォロワーからのかつてからの要望でもあった。
 そこで麗良は、自分の勤務先の病院に関する写真をアップして、

「さて、ここはどこの病院でしょうか?」

と問いかけた。その病院の職員でも知っている人がほとんどいないような写真であった。
 それは、麗良が勤務する前の病院の写真であり、当時としても珍しかった円形病棟の白黒写真だった。そのような病棟を持っていた病院は数える程しかなかったこともあり、かなり難問でもあった。

 その麗良の投稿を見た拓望は、ピンときた。過去に蓄えた雑学知識に含まれていた内容だったのだ。広い日本の中で、円形病棟を有していた病院は3か所しかなかった。拓望はすべて覚えていたため、麗良の記事にリプライをした。

「えっと、円形病棟を有していたのは、○○病院と、△△病院と、◇◇病院しかありませんから、この中のどれかだと思います。このうちのどこかは自信ないのですが…」

 麗良はその拓望の返信を見て驚いた。その答えの中に自分の働く病院が含まれていたからである。他の返信はいずれも的を得ていないのに、拓望の返信だけが際立って見えた。
 今までプライベートを隠していた麗良は、この時ばかりは驚いたこともあってか、つい拓望にDMを送ってしまったのであった。
 勤務先の〇〇病院の写真を添付してから、こうメッセージを送った。


「ナイショですよ…  正解です。」



今回はここで終わります。
 

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