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マタタビの小説(10)

気がついたらもう10回目に突入していました。
さて、今回はどのような話になるのでしょうか。


Y助のオフ会


 週末の日曜日になった。麗良はクローゼットの前に置いてある姿見の前に立ち、洋服を選んでいた。午後から初めてのオフ会に参加するためだ。秋から冬になりつつあるこの時期にふさわしい衣装を選んでいた。明るめの色調の洋服を好む麗良であったが、今回はSNSで演じている「れらりん」のイメージに合わせて、落ち着いた濃いめの衣装を中心に選んでいた。女性の参加者が多いということでもあるため、敢えてこだわらずパンツスタイルを選択した。
 メイクもナチュラルに済ませ、落ち着いた女性のイメージ通りの格好に仕上がった。気がつくと正午過ぎであった。そろそろ出発しないと予定の時刻に間に合わないため、荷物の確認を行ってから、麗良は家を出た。

 最寄り駅から地下鉄に乗り、指定された駅で電車を降りてから地上に向かった。休日の昼過ぎということもあり、多くの人でごった返していた。普段来ることのない街であるためやや動揺したが、会場となる場所はすぐに特定できた。まだ開始までしばらく時間があったため、その喫茶店の入り口近くで、麗良は友人に電話をかけた。結婚を間近に控えている旧友のナースだった。今は勤務先こそ異なるものの、同じ病院で働いていた時はいつも一緒だった気の知れた間柄だった。

「私ね、これからSNSのオフ会に初めて参加するの? そういうの、出たことある?」

『ええー、そうなんだ。麗良は勇気あるね。いくら普段やり取りしていても、まったく知らない人達でしょ? 私はそういうの参加したことないなあ。興味はあったけど、なんか心配になっちゃって。なんだかんだ言っても名前なんか知られたくないし……』

「それがね、そこではハンドルネームで良いんだって。住所も、仕事も、言わなくて良いんだって。まあ、私は看護師してることは、もうバレちゃってるけどね。」

『そうなんだ。それなら安心できるかもね。まあ、変な奴には捕まらないようにね。麗良は結構、男に尽くすタイプだから。今日だけで意気投合したりしないように、ね?』

「大丈夫。ほとんどが女性の参加者みたいだから。知ってるでしょ、私のこと。意外とこう見えて、ガードは堅いですから。」

『まあ、崩されるとボロボロになっちゃうんだけどね。麗良は。
 まあ、楽しめるといいね。』

 緊張が強かった麗良は、いつもの調子で友達と会話ができたこともあり、大きく深呼吸をしてから、心を落ち着かせて会場に向かった。

 会場には既に10数人くらいの参加者と思われる人影があり、麗良も空いている席に着いた。見回すと、参加者は女性しかいないように思えた。程なくして、前列の席に座っていた真中が立ち上がり話し始めた。

「さあ、1時になりました。今日は皆さんお集まりいただいてありがとうございます。今日はSNSで、今の様々な問題に対して同じ価値観を共有している私のフォロワーさんだけの集まりですから、思う存分交流して楽しい時間を過ごしましょう。」

 拍手の後、ついにオフ会は始まった。


麗良の災難


 会場は立食パーティー形式で、室内の両端に軽食と飲み物が置いてあり、中央のテーブルでくつろげるような雰囲気であった。麗良は隣に座っていた自分よりもやや年配の女性と話を始めた。その女性は最近感染症に関する認識で夫と折り合いがつかず、先月に離婚したばかりであった。幸い子供は既に自立していたため、ある意味熟年離婚のようなものだと笑いながら話を続けた。元夫は外出先でもマスクを外すことが出来ず、私にも着用を強要することを最後まで続けたと。お互い口数が少なくなり、事ある毎に喧嘩もするようになった。ある時から互いの意思の相違を自覚するようになり、次第に溝が深まっていったと。ついにはこういう結果になってはしまったが、何か大きな肩の荷が下りたような、むしろ清々しい気持ちであるとのことだった。
 
 社会的な問題は、人々の意見の対立を生み出し、結果として人々を分断してしまう。このような関係は、家族間においても決して珍しいことではなく、事実彼女のような事例も少なくはないであろう。本当の愛情や信頼関係が試されるような問題であったことは言うまでもないが。

 彼女は、その話を終えてから席を立った。麗良も続いて席を立ち、飲み物を取りに行った。アルコール類も準備してあったが、まだ明るい時間帯もであり、紅茶を選んだ。ガラスサーバーを手に取り、カップに注ごうとしたその時、声を掛けられた。Y助こと、真中であった。

「やあ、れらりんさん、ですね。招待させていただいたY助です。初めまして、なんですが普段のSNSでの会話を考えれば、昔から知っている間柄にしか思えませんよね? オフ会って、そういう不思議な空間なんですよ。」

 そういうと、真中は名刺を差し出し、麗良に手渡した。名刺には当然、彼の実名や勤務先、メールアドレスや電話番号まで記載してあった。麗良はそれを一度は手にしたものの、すぐに真中に返して、真中に尋ねた。

『え、でも、今日は確認させていただいたと思いますが、プライベートは伏せた会のはずではないのですか?』

 麗良がオフ会に参加するにあたって、Y助に確認したのは、正にこのことであった。個人を特定するような情報はオフ会では出さなくていい、ハンドルネームで呼び合って楽しめばいい。だからこそ麗良は安心して参加した、にも関わらず、Y助は自らの真中豊と本名を示してきたのだ。これには麗良もかなり動揺した。その姿を見て、真中はゆっくりと話し始めた。

「いいんですよ、れらりんさん。私は別にあなたの名前が知りたい訳ではありませんから。今日こうやってお会いできたのも何かの縁だと思いますので、良ければ実際に私のことをもう少し知って頂きたくて。自分勝手だとは思いますが。」

 そう言うと、真中は麗良の手を押し返して、その場を離れて他の参加者と話し始めた。麗良は受け取った名刺をどうすることも出来ず、バッグの内ポケットにしまった。
 その後、麗良も他の参加者と談笑していた。やはりほとんどが医療関係者であり、日頃感じていた矛盾や苦悩を互いに共有することで分かり合えるにはあまり時間を要さなかった。話の流れから、麗良の勤務する病院に非常に近い地域に住んでいる人もいたが、流れに釣られずに麗良は自分のプライベートを話すことを何とか踏みとどまった。
 時間を忘れて話をしていると、予定の時間はあっという間に過ぎ去った。真中がマイクで話し始めた。

「皆さん、非常に盛り上っていらっしゃるところ、大変恐縮ではございますが、こちらの貸し切り時間いっぱいとなってしまいましたので本日予定したY助のオフ会は、ここで終了したいと思います。この後については何も予定していませんので、皆さんご自由にお楽しみください。今日のオフ会の様子は、異論無ければToitterにアップさせていただきます。次回もいつかこのような会を予定させていただきますので、ご期待くださいね。」

 オフ会は終了した。麗良は周りを改めて見回したが、やはり参加者は真中を除いて、女性ばかりであった。参加前に不安はいろいろあったものの、結局何事もなく無事に会は終了した。一部の参加者はこの後も交流すべく、駅ビルに入っていったが、麗良は初めてのオフ会であったこともあり緊張もしていたためかどっと疲れが押し寄せてきたこともあり、そのまま帰りの電車に乗るため駅のホームに向かった。
 しかし、駅の改札を抜ける直前に何となく違和感を感じた。後ろを振り返ったが、あまりに多くの人が行きかっていたため何も分からなかった。
その違和感の原因となる人物は、麗良にスマホを向けたまま立ちつくし、見えなくなるまで彼女を見つめていた。


今日はここまでになります。
さて、麗良を見つめていた人物とは?


次回予告

・志保の異変

・見知らぬアカウント


ご期待ください。


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