マタタビの小説(7)

続けてアップします。
読者の方は、展開が見えてきましたか?


ドライブまみれ


 拓望のハンドルネームはこうして決まった。ほんの些細なことがきっかけで。日本語としての意味合いはよく分からないものであったが、しっくりと収まった。何となく日常の自分を投影できているような気がした。

「おもしろい名前だと思いますよ、先生。まみれる位にドライブがお好きなんですね。なんか、一緒に決めたみたいで、志保もうれしいです。」

 少しずつ志保の表情が和らいでいった。志保が続けた。

「では、次はプロフィールなんですけど。どんな人に興味を持ってもらうかの大切なアピールポイントですよ。これから先生がどんな人と繋がりたいのか。仕事、趣味、価値観。なんでもいいと思うのですが。」

『そうなんだ。でも、すぐには思いつかないかなあ。まあ、ゆっくり考えるさ。大事なアピールの場、だもんね。』

 時刻は11時を回っていた。遅い時間になっていることを、拓望は心配していた。自分の事ではなく、むしろ疲れ切っていた志保のことを。

『榊原さん、今日はありがとう。この後家に帰ってから自分でも少し触ってみます。あとは何とかなると思うから。今日はこんな遅い時間までありがとう。』

拓望がそう言うと、志保は慌てて拓望のスマホを手に取った。

「えーっと、しほさか@見習いナース、と……うん。これでいいです。」

そう言うと志保は拓望にスマホを返した。

「はい、先生。志保は先生のフォロワーになりました。これで連絡できますよ、いつでも。使い方に困ったらいつでもDMで聞いてくださいね。これくらいなら、先生に教えることができますから。」

『あ、ありがとう。なら、またお世話になることもあるかもしれないから、その時はよろしくね。』

「もちろんです。今日は遅くなってすいませんでした。ではまたいつか。

 ……ちゃんとメッセージ送ってくださいよ? 待ってますからね。」

そう言うと、志保は足早に店を出た。拓望も会計を済ませ、遅れて家路に向かった。誰しも感じる、新しい事を始める際の高揚感。例外無く拓望もそれを感じていた。家に着くと、待ちくたびれたこともあり、拓望はそのまま眠りに就いていた。


攻める真中


    麗良はこの日も勤務を終え、ロッカールームに来ていた。着替えるのは早い方で、通勤にも着替えやすい服装を意識していた。閉鎖的な職場ゆえに仕事が終われば早く帰宅したい、そんな潜在意識はあったのだろう。足早に病院を出ると、電車を乗り継いで麗良は行きつけのショッピングモールに向かった。料理にはこだわりがある方で、いつもの食材探しだった。厳しい母親に育てられたこともあり、自炊は意識して取り組んでいたためでもあった。
    買い物を終えた麗良は、いつもよりも勤務が過酷だったこともあり、そのまま家路に向かうのもしんどかったためフードコートに立ち寄った。疲れを癒すため、ハーブティーを注文した。1口2口飲み、大きなため息をついてから、バッグからスマホを取り出した。いつものSNSの確認だ。いつもなら自宅で夕食を済ませてから見ることにしているが、今日はなんとなく開いてみようと思ったのだった。 
 感染症対策に異を唱えた発言に批判的なリプライも届いていたが、疲れていたせいか、気にならなかった。過去に勤務していた病院の友人が、順調な交際を続けていることも確認できた。少し羨ましくもあり、楽しそうな写真を見て麗良も微笑んでいた。
 ダイレクトメッセージに目をやると、1件だけ届いていた。Y助のアカウントからであった。あまりにも早い返信であったことに少し驚いた。断りのメッセージの後であったため、内容が気になるもののその場で確認することに躊躇した。
 周りは、夕方時の学生や家族連れで賑やかになってきた。ハーブティーを飲み終えた麗良は、自宅の方がゆっくりできるかもと考えて席を立ち、家路へと向かった。

 家に着いた麗良は、誰もいない部屋のソファに座り込んだ。疲れがどっと体にのしかかってきたためだろう。しばらく何も考えず、静かな室内の天井を眺めていた。しばらくして、買ってきた食材を冷蔵庫に納めてから、夕食の準備を始めた。炊飯器が空であることに気付いたため、夕食はパスタを茹でることにした。お気に入りのペペロンチーノで今日はさっと済ませることにした。
 湯を沸騰させるのに時間があったため、またソファに座り込んだ。知らず知らずのうちにスマホを握っていた。そしてY助の返信を確認した。

【れらりんさん、今回は返信ありがとうございました。急なお誘いで無理もないですよね、このようなことは。ごもっともだと自分もおもいます。
 ですが、れらりんさんも今の医療状況はおかしいと思っておられることは同じ仲間だと思います。さぞ、そちらでも大変な環境でいらっしゃるのではないかと思います。そこで、またぶしつけなお願いかもしれませんが、今回の件に関係なく、一度オフ会を開いてみたいと思いますが、いかがでしょうか。あくまでも同じ意識を持つ仲間同士の時間の共有であり、その場では仕事のお誘いは致しませんので、安心してください(笑)。是非れらりんさんも参加していただければと思っています。詳細はまだ決まっていませんが、近いうちにご連絡差し上げたいと思います。ではまた。】

 真中はハードルを少し下げてきたのだ。交流に切り替えてきた。少しでもとっつきやすくするための、彼の戦略だった。彼にとって、麗良は脈ありと判断されたのであろう。丁寧すぎる麗良の返信が、かえってこのような結果を生じたともいえる。

「オフ会かぁ……出た事ないもんなあ。どんな人が集まるのかもわからないし、何話したらいいのかもわかんないし。顔は仕方ないけど、家とか仕事先は黙っててもいいのかな……あまり素性は知られたくないし。

 Y助さんだって、私が女性だって知ってるはずなのに。こういうこと、慣れてるのかな…… でも、どんな人なのかは知ってみたい気もする、かも。」

 今の職場環境によほど耐えかねていたのか、これまでSNSで「演じて」いたはずの麗良は、今回なぜかここでは自分を晒してもいいと思い始めていたのだった。心の拠り所とでもいう場所を、求め始めていたのかもしれない。
いろいろ考え事をしているうちに、コンロにかけた湯はすでに沸騰していた。


麗良と拓望の出会い


 拓望は業務を終え、いつもより早く診療所を後にした。前日の寝不足感を覚えていたのだ。なじみの定食屋で夕食を済ませ、帰路に就いた。

 家に着くと、拓望は和室の畳に寝転がりToitterを開いた。たくさんのアカウントが日常をつぶやいていた。些細な事ではあるものの、その人にとってはかけがえのないことを。あまりに情報が多岐にわたる為、拓望は情報を絞って確認するため、検索をかけることにした。今、世界的に問題となっているパンデミックについては、拓望も疑念をいだいていた1人であった。

(新型感染症)

 検索した結果、現在の感染対策に賛否両論の記事がランダムにヒットした。中には、個人を非難する手厳しい発言も見受けられた。いくら自由な発言が許されてるとはいえ、度が過ぎているようにも思えた。それは気軽にできる言論戦争であると同時に、社会が分断されているようにも感じられた。
 記事を読み進めているうちに、ある記事が拓望の目に留まった。

「なんでマスクを強要するのか、本当にわからない。マスクで何が防げると思ってるんだろう?」
『一種の宗教だよね、ほんとに。紙切れ1枚で、さ』
[マスクはパンツみたいに穿くものですか?]
【あのう、マスクはお持ちですか? いいえ、お餅ではありません。】

 社会でマスクを強要されているともいえる現状に、反対している人たちの発言だった。拓望も思わず笑っていた。更に読み続けると、

「マスク着けないとか言ってるやつは、病院に来るなよな。どれだけ周りに迷惑かけてると思ってるんだよ。自己中野郎め。」
『なら、マスクでどれだけ感染が防げると考えていらっしゃるんですか?何を根拠にマスクが感染対策に有効だと主張なさるのですか?』
 
 やや攻撃的ではあるものの、真っ当な主張で反論していた。感情を出さず、丁寧ではあるもののしっかりと相手を追い詰めるように。

「そりゃ、スパコンがシミュレーションしてるじゃねぇか。世界1位のスパコンがさww」
【スパコンのエビレベルって、最下層だぜ。信用に値するものじゃねえし。】
『そうですよね、機械が最高のエビデンスを出せるなら、学問なんて必要ありませんからね♩』
「反マスク🧠、乙。」
【もう来なくていーからな。お前こそ乙】
『ふう、なんとか消えてくれましたね。どうしてあんなに喧嘩腰にしか発言できないのかなあ…』
【そりゃあ、知識がないから、感情でぶつかるんですよ。現場で働いていていろいろ分かっておられるれらりんさんが居てくれて、いつも心強いっすよ👍】
『いえいえ、そんなことありませんから。またいつものように楽しいトークに戻りたいですね。』


 拓望が麗良のアカウントに出会った瞬間であった。どんな言われ方をしても冷静に振舞えるその姿に、大人びた女性のイメージを持った。医療者でもあるようだし、もしかしたら話が通じるかもしれないと感じた。

 拓望は麗良のプロフィールを開いた。


今回はここまでします。次回もお楽しみに。



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