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パイ山

「長い事行ってへんな。行ってへんうちになくなってんな」
 私の叔母は強すぎた。底知れぬ魅力が輝いて、世界中に彼女の名前を広めるような位置に、運命は彼女を運んでしまった。それは死んだ父や祖父母にも、あるいは本人にさえ止めることができなかったのだろう。彼女には、そういう人特有のしんとした淋しさがあった。
「ここ知っとぉ? パイ山って言うとってん」
「今でもそう呼んどぉで」
「そうか」
 パイ山とは、阪急神戸三宮駅北側の広場の事だ。だいぶ前から工事してやって、去年から新しい名前の広場になったけど、今でも「パイ山」と呼ぶ人の方が多い。お椀を逆さにしたような小山が三つならんでいて、その形状が「おっぱい」のようだから「パイ山」と呼ぶようになったとか。
「なんや色々変わっていくねんな」
 叔母や多くの神戸を離れた人にとって「パイ山集合」というのはノスタルジックな響きの言葉の一つなのかもしれない。そう言う叔母の言葉から私は淋しさを感じた。
「私が取り残されたんとちゃうな。こういうこと言って、本当は違うこと考えとってやる人おるやろうけど、本当に好きなモンは何個あってもええんや。私は私や。街が変わろうが、人が変わろうが、変わらんモンは変わらん」
 私は、叔母が何の話をしているのかわからなかった。そういう所が、叔母の強い所かもしれない。
 パイ山の名前が変わろうが、ここで色んな人が待ち合わせする。そういう思い出は変わらないのかもしれない。

※神戸特有の方言として「おってですか?」というのがあります。
共通語で言う「いらっしゃいますか?」にあたります。
同じく、「もう来とってやの?」とか「食べとってやったん?」という使い方があります。「来てるの?」「食べてた?」という意味になります。

一日延ばしは時の盗人、明日は明日…… あっ、ありがとうございます!