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邪悪について

「暗いさ。それは、それは暗かったさ」
 殻が剥ける前の、卵の中にも光が届くというのに、深夜の商業施設の芝生広場は不安のブースター……とでも言おうか。否。些か大袈裟だったと、私は思いなおした。
「あるだろ? なぜだか、眠れなくて、泣いてしまう夜」
 彼が言いたい事はわかる。特別な事ではない。眠れない夜ぐらい、誰にだってある。私はそう思う。
「違うんだよ。俺の事は俺にしかわからないだろ? 別に下手を打つような事をした訳じゃないんだ。出来心とか、集中していないとか、そんな事じゃない。ただ……なんていうのかな。自分でも自分の事がわからなくなる時」
 それが孤独というのか? 私はそうは思わない。
「孤独? みんなそうだろ? みんな気がつかないフリをしてるだけ。孤独だと思いたくないから、人は人を求める。そうやってきて、倫理とか、道徳とか、挙句の果てに、法律なんてモノを人間は発明したのさ。それこそが、単純な悪の誕生だと俺は思うがね」
 ある膨みが私の胸にひろがった。この膨みは、焦りに似た、落ち着かない感情かもしれない。しかしながら、それはすぐに萎んだ。というよりかは、私は萎ませた。
「図星だって事さ。焦っただろ? あんたは自分が孤独じゃないと思っているんだ。人を見捨てる事や、裏切りといった行為そのモノは、邪悪ではない。知っている事を知らないフリをする事の方が、よっぽど悪い事だと俺は思うね。孤独に気がつかないフリのこと。わかってくれるかな?」
 理解を求める事こそ、孤独を隠す事ではないのか?
「へぇ。あんた、なかなか良い事を言うね。俺も反省をしよう。その通りさ! その通り。お互いに理解をしたくて、人は人に同意を求める。それこそが邪悪さ。俺もそうって事だね」
 それを言ってしまえば、人の本来の姿が邪悪という事じゃないか。
「違うよ。違うけれども、そうとも言える。孤独を認めない人間こそが邪悪さ。とはいえ、孤独をしっかりと見たところで、邪悪を捨てきれないさ。それだけ、孤独というのは暗いんだ。懐中電灯で照らしたところだけを見ても、全てはわからないさ。ただ、闇はある。それだけは無視をしてはいけないと俺は思うよ」
 どうすれば、生きられる? 生きる事とは一体何なのか?
「矛盾するようだけど、隠す事さ。自分の世界は自分しかいないと思いながらも、そうじゃないと思う事が、生きる事。生きなきゃ駄目だなんて、お得意の倫理とかってやつさ。生きるための知恵だけど、知恵に騙されちゃいけない。何もかも、わかったフリをしちゃいけないし、わからないと言って、逃げても駄目だ。自覚っていうのかな。それがあれば、いいんだ」
 では、お前は自分が正しいとでも言うのか?
「そうさ。そう思うから、ようやく生きられる。孤独も邪悪も俺なのさ」
 そう言うと、彼は跪いた。そして、思いっきり泣き始めた。
「これが……怖いって事さ。なぁ。助けてくれよ。怖いんだよ! 孤独という言葉も、邪悪という言葉も当てはまらない。何層も重なって見える、深い穴を見ているようだ! 途轍もなく巨大で、暗さに押しつぶされるような感じさ。なぁ! これを知らないフリなんてできないよ!」

https://note.com/amisima7/n/n2c4ca85ad2cb


NNさん
邪悪というのは、在るモノを無いという事ではなく、無視をする事ではないでしょうか。


 

一日延ばしは時の盗人、明日は明日…… あっ、ありがとうございます!