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烈しい風での花吹雪        :超えられない壁

子守唄で思い出した。
私は頼まれた通りに赤ん坊を沈めた。悪い事ではないと思った。

いつの間にやら
花は散る

この村では、1歳を迎える前に死ぬ子供は、村の守り神になるという伝承があった。
誰が死んでもそうなるわけではない。
あの子は特別だった。

その事がなかったら、私は村を出る事はなかっただろう。出る必要などなかった。

今、気がついた。

私は追い出されたのだ。そうしなければ、私は赤ん坊に殺されるのだった。
追いかけていたのは私ではなかった。
追いかけられたのが私だった。

ケンイチの母親だったリエコの方を私はみた。
本当の名前を忘れた。
彼女の名前も、私の名前も。

「花吹雪」

彼女が呟いた。

その意味を思い出した。
呑気な見物客を、私達村人は捨て犬を見るような目で軽蔑していた。
それは、吉報ではなく、弔いなのだ。

坊は存ぜぬ
花吹雪

それを見る事ができない赤ん坊がいる。
殺されるために生まれた赤ん坊。

前の年の春に生まれた男の子。
夜泣きをしない男の子。

一歳
二歳
千歳と
時紡ぎ

人間として生きられないのなら、
カミとなって、千年も二千年もこの村を見守ってくれという願い。

「心配しなくていいよ。もう終わりなんだよ。もう俺は終わらせようと思う。そんなことよりも、ここの桜は綺麗だろう?」

ああ。
この赤ん坊は、沈んだ村を今も見守っている。

もう終わりなんだ。

これだけの魂が集まった。
終わりなのは私も同じ。
赤ん坊の母親も同じ。

烈しい風が一瞬で吹いた。思えば、花吹雪は一塊となって、私を包み込む。
ああ。
もう逃げなくていいんだ。
私は村に帰ってこられた。

カミ様に迎えられたのだ。


一日延ばしは時の盗人、明日は明日…… あっ、ありがとうございます!