身代わり
読経が終わり、ようやく解放されると思うと、俺は背伸びをしたくなった。六月というのに日差しの強い日。子供の頃から知っている住職が珍しく多弁だった。
「身代わりという事もありましてな」
分家初代の親父の為に、俺が建てた墓は、愛媛の大島の青御影石。石材屋に「この石にしときなさい」と言われるがままに決めた石が、六月の日光を反射させていた。納骨には、お袋と弟。その嫁と姪が来ていた。墓石の建之者には俺の名前が刻まれているが、墓を継いでいくのは、独り身の俺でなく弟の家族だ。
「身代わりと言うと?」俺は親父の幼馴染の住職に聞いた。住職が何を言いたいのか全くわからなかった。
「ただ、そういう事があるかもしれんという事ですな」
「すみません。おっしゃっている意味がよくわかりません」住職の顔を見て、俺は正直にそう告げた。日差しが熱い。俺もお袋も、弟の家族も、帰るに帰られないでいた。姪は今年三歳になったばかり。来年にはお姉ちゃんになる。彼女はあからさまに「はやく帰ろう!」と言っていた。
「暑いでな。手短に言いましょう。孝俊はお前の身代わりになって死んだのかもしれん。お前の業を背負ってな」住職の瞼は垂れていて、目が小さくなっていた。それなのに、眼光が鋭かった。その勢いの強さに、俺は「もしかして」と疑ってしまった。そしてすぐに「そんな筈がない」と心の中で打ち消した。親父の事を良く知っている住職だが、彼の言葉を聞いて、お袋の顔が曇った。納骨が終わってすぐにする話ではない。
「孝行。お前さん、しっかり生きろよ。わかるよな?」
住職はそう言って、境内の方へ歩みだした。その後姿を見て、俺はホッとした。何を言うのかわからない住職が、弟の前で余計な事を言うのではないかと心配したのだった。来年産まれてくる子供は男の子。甥なのか俺の息子なのか、そんな事を気にして、親父は俺の身代わりになったのだろうか。義理の妹の顔を俺は見た。何事もなかったような顔をして、姪の機嫌を取っていた。
おわり
一日延ばしは時の盗人、明日は明日…… あっ、ありがとうございます!