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粗末な暮らし7

「嘘だ!  僕が知っているマテオとは違う!」
「佐吉。落ち着きなって」アンバーが口を挟んだ。入江田は逃げ場を見いだす事ができなかった。彼は柔順に黙ったまま、まどろっこしく見えるこの状況に、なす術が何もなかった。こんな素直で、殊勝げなマテオは明らかに別人だった。

粗末な暮らし6

「第二十五歩兵師団」男が口を開いた。
「今、何と言った?」
「イリエダと私が所属していた師団です」
「は? ネットで調べただけだろ?」
「いえ。違います。私の記憶です。正確には、私の記憶ではありません。私の脳にあるデータを参照しただけです」
「何を言っているんだ?」入江田がそう言うと、アンバーが我慢できないというように、声を出して笑った。
「ホント、佐吉は無防備で、何も知らないのだね」彼女はマテオを指さして「つまり、この肉体はマテオ・クティのものだけど、彼の人格は別のところにあるということだよ」アンバーは入江田に説明した。
「じゃぁ、さっきのマテオは誰だったんだ?」
 入江田は自分の頭を軽く叩いた。頭痛がした。
「同じだよ。同じマテオ・クティ」
「アンバー。教えてくれ。僕は、ここで何をすればいい?」
「はぁ? 何もしなくていいよ」
「そういうわけにはいかない」
「どうして?」
「ここに来た時点ですでに僕の命はない」
「別に誰も佐吉の命を奪うつもりなんてないよ」アンバーは入江田を馬鹿にしたような表情で、再び笑った。
「それは嘘だ」
「本当だよ」
「信じられると思うか?」アンバーは歪んだ笑顔で入江田を見た。マテオはマカロニ・アンド・チーズを静かに食べ終わったところだった。
「まあ、信じなくてもいいけどね」
「このマテオは僕の知っているマテオではない」
「彼はマテオだよ」
「そうじゃない。マテオはもういないんだ。お前が殺したのかもしれない!」
 アンバーは何も言わずに入江田を見つめていた。アンバーの目の奥に、怒りの色が見え隠れしていた。しかし、それはすぐに消え、彼女は落ち着き、澄ました冷静な笑みを浮かべた。
「殺した? 目の前にいるじゃない。ねぇ。マテオ・クティ?」アンバーは、テーブルの上に置かれたマテオの手に自分の手を重ねた。
「そうです。アンバー・ハースト」マテオは穏やかな声で言った。
「アンバー……」入江田はそれ以上言葉を続けることができなかった。
「さてと、そろそろ行こうかな」アンバーは立ち上がると言った。「どこに行くんだ」と入江田が訊ねた。
「いろいろやることがあって忙しいの。あっそうそう。明日は君の初めての拡張の日だから。パイロットさん」アンバーは入江田の方を振り向くことなく、食堂から出て行った。
「おい!  マテオ!  お前もついて行くのか?」入江田は慌てて立ち上がったが「どうぞごゆっくり」と言ってマテオはアンバーと共に姿を消した。
 入江田は、食堂に一人取り残された。彼は再び椅子に腰を下ろした。目の前には手つかずのリンゴがあった。入江田はそれを手に取り、皮ごと齧りついた。シャリという音がした。口の中に甘酸っぱい味が広がった。
「あら?」
 声が聞こえた方角を、入江田は確認した。そこにいたのは、さっき挨拶をした清掃員がいた。
「先生を呼びましょうか?」防護服の彼女はそう問いかけた。

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一日延ばしは時の盗人、明日は明日…… あっ、ありがとうございます!