見出し画像

Torn チョベリバ2

 前の話

 リョウジの親父は、その日の荷揚げが終わった後、俺達に給料を渡してくれた。給料は日払いだった。
 親父は仕事の手を止めて、キチンと俺とリョウジに向き合って、鞄から給料袋を取り出してくれた。俺は何だか照れ臭い心持になって、遠慮しながら、それを受け取った。思い返せば、それが俺の人生初めての給料だったと思う。会社員になった後、手渡しで現金を渡された事は一度もなかった。
 俺とリュウジの仕事ぶりは酷かった。石膏ボードを荷揚げするには、時間がかかりすぎていたと思う。最後の方は、リョウジの親父の所の若い職人が手伝ってくれていたし、全体的な仕事の段取りに支障が出ていた。しかしながら、仕事内容がどんなに酷くても、リョウジの親父は、俺達に給料を渡そうと思っていたに違いない。それがわかったのは、渡された茶色の封筒の、給料と印刷された文字の下に、俺の名前が手書きで書かれていたからだった。俺の字は、きっとリョウジのお母さんが書いたのだろう。武骨な男のそれではなかった。
「また、明日も頼むな」
 40歳のオーラというのは、少年になったから、感じられるのかもしれない。元の俺と同じ年齢のリョウジの親父が、頼もしく見えた。
「こちらこそよろしくお願いします」
 俺がそう言うと、リョウジの親父は鼻息をフフッと吐き出して、笑った。
「リョウジのツレにしては、立派な返事だな! おい。リョウジ。お前もコウキを見習えよ」
 リョウジは「うるせぇ」と返事をして、案の定、親父から平手打ちを喰らっていた。
 俺の腕はパンパンだった。腕だけではない。足もガクガクだ。肉体労働はキツイ。明日というが、昔の俺はちゃんと現場に行ったのだろうか? もし、昔の俺がトンズラをしていたのなら、そうしたかった。

 次の日、ムラカミは本当にやって来た。という事は、俺も筋肉痛とともに、現場にやって来たという事だ。今日は3人になった分、荷揚げする石膏ボードも多いという。
「コウキ君、久しぶりだね」
 そう言われて、俺は「同窓会ぶりだな」と心の中で思ったが、タイムスリップしてきた俺が、この世界で最後にムラカミにいつ会ったなんて覚えている訳がなかった。
「お前ら知り合いなワケ?」
 現場の駐車場で、作業服に着替えながら、リョウジが茶化すような口調で言ってきた。この世界のムラカミは、地味というよりかは、自分で何も決められないような、青っぽい見た目をしている。対して、同じ歳のリョウジは、使い込んだ野球のバットのみたいに、世間に馴染んでいる。少々ヤンチャな少年は、幼さを嫌う傾向があるのだ。
「あぁそうなんだよ。リョウジ君。いや、先輩!」
 俺でも、ムラカミの口調にイラっとした。こいつは、昔から、絶妙に絡みにくい奴だったと、俺は再認識した。
「コウキ君。同窓会以来だね」
「はぁ?」
「なんでもないよ」
 俺は、透明のパンチを喰らったように、よろめきそうになった。もしかして、ムラカミもタイムスリップしてきたのかもしれない。しかも、奴は、俺がそうなっているのを知っている。
「お前ら、何を言ってんだ?」
 既に着替えたリョウジは、どうでもよさそうな顔をして、タバコに火をつけた。
「別に」
 俺も無関心を装いたかった。
「ムラカミとか言ったな。お前、重いモノ持てるの?」
 リョウジは、カマシを入れておきたいのだろう。自分の事を棚に上げて、親父の真似をしているつもりかもしれない。
「体力は16歳だよ。問題は、気持ちだね。そうだろ? コウキ君」
 やっぱりそうだ。ムラカミは俺がタイムスリップしている事を知っている。俺は何種類かの疑問が思い浮かんだ。


つづく

一日延ばしは時の盗人、明日は明日…… あっ、ありがとうございます!