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Torn 同窓会ー2

 正常な朝だと俺は思った。昨日と変わりはない。いつも通り時間は進んでいて、明日の朝も、俺は同じことを思っているだろう。雨が降っているとか、晴れているとかの違いはあっても、いきなり今日を通り越して、明後日になるわけでも、先週に時間が戻っている事もない。
 ただ、俺はいつも寝足りないだけ。願いが叶うなら、1か月ほど、何も考えずに俺は横になりたいと思った。眠り続けて、そのまま俺は夢の中で、現実の俺自身を見失って、楽しんでしまいたかった。例えば、夢の中の俺は、高校生になって、もう一度俺の人生を繰り返す。そうだ。今の記憶のまま、俺が過去に戻ってしまうんだ。やった事はないけれども、競馬とかの結果を予め知っていれば、簡単に儲ける事ができる。そうすれば、今とは違う暮らしができる。

「今日、休み?」

 急に現実に戻ってきた。そんなわけない。別に起こしてもらおうなどと思っていたわけではない。「まだ寝てるの」と聞けばいいものを、皮肉を言われているような気がして、俺は訳もなくじりじりした。

「いや、もう起きる」

 まだ会話があるだけマシだと、誰かが言っていた。会話がない家庭だってあるそうだ。ヨウスケが産まれてからなのか、つい最近の事なのか、リンカは変わった気がする。

「ついでにパン焼いて」
 なんのついで?と俺は言わなかった。言ったところで、無駄な会話になるのは知っていた。1人で寝ていたベッドを出て、キッチンに向かった。

「ほら、私だって仕事なんだから、早くして」 

 仕方なく、俺は、食パンを3枚、トースターに入れた。ついでに電気ケトルに水を入れて、2人分のコーヒーの準備をした。

「チーズのせといて」ヨウスケが、テレビを観ながら俺に言ってくる。誰に似たのか、こいつはいつも早起きだ。
「もう遅い。入れた後にそんな事を言うな」
「出せばいいじゃん」
「じゃぁ自分でやれよ」
「じゃあいい」
「なんだその口のきき方は?どういうつもりだ」
 まだ俺が小学3年生の頃の方がマトモだったと思う。いや、そうでもないか。同じようなものだったか。

「うるさいな。パンぐらいどうでもいいでしょ。イライラさせないで」

 何とも言えない化粧をしながら、リンカが参戦してきた。仕方なく、俺とヨウスケは顔を合わせた。なぜか、俺は笑ってしまった。「母さんが一番うるさいね」ヨウスケがそう思っているのがわかったからだった。おだやかな日々だ。

 俺はリンカを愛して、リンカも俺を愛して、それで結婚した。確かに、ちゃんとしたプロポーズはしていないが、そういう二人だったから一緒になった。他人と家族になる事に、俺は何の疑問を持っていなかった。そういうものだと思っていた。しかし、もしも違う人生を歩んでいたら、どうだろうか?ヨウスケは生まれてこなかったのだろうか?

「パン、焼けてんじゃないの?」
 俺がくだらないことを考えているは、妙な夢を見たからだ。

「なに?この本?」

 3人分のトーストと、バナナを手にして俺はダイニングテーブルに持って来た。俺達は、本を読む習慣がなかったから、本があるのが珍しかった。机にあるのは、俺でも知っているタイトルの文庫本だった。最近、映画にもなっていた。なんでも高校生が書いた小説だとか。
「汚さないでよ。借りているんだから」洗面所からリンカが喋る。どうでもいい事は、いつも聞こえている。
「お前、本なんて読めんのか?」
「やかましい。汚すなって言ってんの」

 会話なんてできたものじゃない。俺が得る情報はいつも、不快感だけだ。

「ヨウスケ。とりあえず食えよ」
「また、バナナ?」ヨウスケが面倒くさい顔をしてバナナを見てきた。
「バナナは完全栄養食だ。それだけ食べていても生きていける」
「完全栄養食ってなに?」
「カロリーメイトみたいなものだ」
「じゃあ明日からはカロリーメイトの方がいい」
「自分で買え」
「お金ちょうだい」
「お母さんにもらえ」
「くれないよ」
「やかましいわ。2人とも黙って食べなさいよ」
「コーヒー置いとくぞ」
「言わなくてもわかるわ!」
 
 どうして、こうなったのだろうか?リンカの稼ぎがいいからだろうか?なんでも金で決まってしまうのだと思うと、やっぱり俺は、過去に戻ってしまいたくなった。

「なに、このパン。焼けてないじゃないの」リンカは文句ばかりだ。
「いつも通りだろ?」
「どこがよ。ねぇヨウスケ?」そうやってリンカに話しかけられると、ヨウスケは必ずリンカの味方になって、一緒になって俺を攻撃する。
「そうだね。全然焼けてない」
「じゃあ、お前が焼け。一番早く起きているのはお前だろ?」
「ヨウスケに怒らないでよ。みっともない」
 俺はどうでもよくなった。
「俺、今週、地元に戻るわ」
「はぁ?なんかあんの?」俺は「お前が、同窓会の案内を俺の机に置いたんだろ?」と言わなかった。
「同窓会に行こうと思ってんの」
「珍しい。いいんじゃない。そういう付き合いしないから、あんた、最近太ってんの」
 関係性がわかりにくい事を言われても、俺はただ困るだけだった。

「それだから・・・・・・いや、何でもないわ」

 リンカが言おうとしている事は、何となく俺はわかるつもりだった。言わないだけ、まだ優しさが残っていると思いたかった。

「同窓会ってなに?」
「お前も保育園の同窓会に、去年行っていただろ?卒園や、卒業してから、昔の友達が集まる事を同窓会って言うんだ」
 そう言ってから、会話の続きをすることなく、俺はコーヒーを飲みほした。


つづく

一日延ばしは時の盗人、明日は明日…… あっ、ありがとうございます!