変わり身! 京〇人

 先に飲み物が運ばれてきた。カシスオレンジとファジーネーブルに交じって、焼酎のロックがあった。男は全員生ビールだったので、三人のうちの一人が頼んだと俺は思った。洋平が「いきなり焼酎ロック!?」と煽っていた。
「あたしです」
 三人の中では、一番おとなしい感じの子が右手をこっそり挙げてそう言った。俺は三人とは初対面だ。
「ホント典子、焼酎好きだね」見た目からしてリーダー格の女が、嫌味なのか、何の計算もなしにそう言ったのかはわからないが、自己紹介前に他人の名前を言った。
「のりこちゃんって言うんだ。いい感じだね!」
 名前という重要な情報を聞き流すことなく、洋平が続けてそう言った。「まっ、そういうことでカンパーイ!」明宏も負けじと盛り上げようと必死だった。

 サラダや揚げ物に混じって、焼酎のロックを頻繁に店員が運んでいるのを、俺達は見逃していなかった。「今日誰が一番イケそうか?」という事に酒量は大きな判断基準になる。
「のりこちゃん、焼酎のロックばっかりじゃね?」
 そう言っている洋平の顔は真っ赤だった。こいつは今日は無理そうだなと俺は思った。酒の量を抜きにしても、三人の中では、俺は「のりこちゃん」が好みだ。同じ関西人同士、話も合うと俺は思っていた。俺は神戸で、彼女は京都出身。
「えぇ。まぁそうです」焼酎を注文しているのを指摘されて、彼女は恥ずかしそうに俯いた。全く酔っている気配がなかった。
「そういや、焼酎の新酒ってはじめのうちは、できたての新酒と前年までに造ってある焼酎をブレンドして出荷するらしいね」
 洋平が本当か嘘かわからないウンチクを言い始めた。本格的に今日はこいつはダメだと俺は安心した。
「へぇ。そうなんですか」
「典子ちゃん。こいつの言ってる事、ほとんど適当だよ。信じないほうがいいよ」
 明宏も考えている事は同じだと俺は思った。明宏はわざわざ典子ちゃんに絡んでいた。他の女子二人は、何となくだが、典子ちゃんがモテているのが面白くなさそうだった。
「ホントだって! できたての焼酎って味が粗いんだよ。それで味に丸みがでてきた前年までの焼酎をブレンドすることで、飲みやすくするんだって。あっ、こういうウンチク嫌い?」
「そんな事ないですよ。よう知ってはりますねぇ」
「えっ? それ京都弁?」
「あっ、いや、まぁ……」彼女は再び視線を落とした。何んとなく芝居がかっているようにも見えた。
「京都弁とか、はじめて聞いた! ナマ京都だ」
「なんだそれ。洋平、調子にのりすぎ」
 ますます他の女子が退屈な顔をしていた。洋平や明宏の動向が気になったが、俺は残された女子二人の機嫌をとる事に徹した。三人は同じサークルらしいが、もしかすると典子ちゃんは浮いているのかもしれない。少なくとも女子の中では。
「のりこちゃんって彼氏とかいるの?」
 完全に酔ってダメになった洋平が、何の策もなしに口説きの体勢になった。俺は焦ってなどいなかったが、横目で様子を窺っていた。
「えっ? いないですよ」
「ホントにぃー?」
 洋平はしつこく聞いていた。俺は典子ちゃんが言っている事は本当だと思いたかった。

 コースの食べ物は、後はデザートだけ。それなのに「次どうするか?」という話題が出ていなかった。典子ちゃん以外の女子二人のテンションは低いままだし、洋平は周りが見えていないし、俺は今日は無理だと諦めかけていた。
 その時、突然、典子ちゃんが俺の方を見た。そして、彼女は微笑んだ。俺は一瞬ドキッとした。
「わりぃ。俺、ちょっとトイレ」そう言って俺は席を立った。「早く帰ってきてよぉ」とリーダー格の女が言っていた。

 用を足して、席に戻る途中で、俺は典子ちゃんに会った。
「おつかれ」
 俺は軽く挨拶だけしておこうと思った。女の子にトイレに行くのかどうか聞くほど、俺は野暮ではなかった。
「なぁ。この後二人でどっか行かへん?」
「えっ?」
 さっきまでの雰囲気と違っていたので、人違いをしたのかと俺は思った。
「お友達、元気な人やなぁ。けど、あんたがええわ」
「はぁ?」
「ほな、また後でね。がっかりさせんとってね」
 俺は席に戻ってから、とりあえず、みんなでカラオケに行く事を提案した。典子ちゃんが帰ってくる前に。

おわり

一日延ばしは時の盗人、明日は明日…… あっ、ありがとうございます!