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三十郎の独立(仮):話のスケッチ

※このお話には続きはありません。ご了承ください。

 三十郎は岩に座って、村を見下ろした。村の大半は、白い霧に覆われていた。それは、実際の霧であるが、同時に諦めを含んだ悲哀の象徴のようだと三十郎は思った。しかしすぐに思いなおした。なぜなら三十郎も、鹿子木村の人々と同様、反乱する事に諦めているのだった。彼は、鹿子木の人々の事を臆病者だと揶揄する資格は自分にないと思っている。むしろ、彼等の方が、賢い生き方かもしれないと思い始めてた。くだらない誇りの為に抵抗して殺された、白玖族の大人たちに比べれば幾分かマシだと思い、同時に三十郎自身も帝国の軍人に立ち向かう気になれなかった。

 鹿子木村は、どこを眺めるにも勾配のついた地勢であり、そのうえ光と影の移り変わりが慌ただしい場所である。村を一望できるのは、三十郎が腰をおろしているアイナ山の山頂だ。そこは一日中、日が当たり、この場所ほど三十郎の心を休める場所はなかった。

 三十郎は、母親と共に鹿子木村に売られてきた。白玖族の生き残りは、帝国に逆らった報いとして、殺されるか、奴隷としてこの島の住民に買われるか、その2つの選択肢しかなかった。
 奴隷である、三十郎がこうして一人でいられるのは理由があった。それは、白玖族は狩猟に優れており、伝統的に白玖族の男は、敏捷性や、視力と聴覚がとびぬけて優れているという身体的な優位性があった。そう言ったことで重宝される事は、白玖族の奴隷の特徴だ。ただ、三十郎に自由が許されている最大の理由は、雇い主に恵まれているという事である。
 その日も三十郎は、イノシシを早々にに仕留めた。それで、彼はすぐに戻るのではなく、休息を兼ねて、のんびりと過ごしていたのだった。こうして村を高い場所で眺めていると、三十郎は、全ての事がくだらなく思えてきた。帝国に支配されることも、滅んでいった自分達白玖族の事も、燻っている自分の事も。
「あれはなんだ?」
 山を登って鹿子木村を目指している2人の男が見えた。他の誰かでは見つける事ができなかっただろう。2人組のうち、長身の男は大きな木箱を担いでいる。帝国の人間ではない。服装でわかる。かといって、島の人間でもない。「内地の人間か?」三十郎はそう思ったが、それにしても、あんなに堂々と歩いているのは不思議な感じがした。「村にもどるか」三十郎はそう思った。彼でなくとも、他の誰かが後で見つけるかもしれなかったが、いち早く雇い主に報告することが筋だと思ったのだった。

 ザソチ島は、小さい島ではない。島の中央には複数の山脈があり、ほとんどの山地は険峻である。また高山も数多く存在しているため、山岳が中心の地形と呼んでもいい。平坦な地勢の大部分は、東側に集中しており、必然的に東側の方が栄えていた。ザソチ島の人口は、現在700万人ほどいる。元々4つの部族がいたが、帝国に反乱した白玖族が実質解体されたので、今では3つになっている。そこに帝国の移住者が100万人ほどいて、東側の都市を拠点にしている。
 白玖族は、決して野蛮ではなかった。三十郎は今でもそう信じている。それに無謀に帝国軍に逆らったわけではなかった。真の戦士だった。何事にも驚かされず、何物にも精神の均衡を乱されない。戦場にあっては冷静な戦闘民族だった。同時に死の危険や恐怖を笑い飛ばすだけの豪放さも兼ね備えていた。当時、14歳だった三十郎も戦場で大人達に負けじと戦った。ただ、帝国の武器の威力を白玖族は知らなかった。今でも三十郎は、力では白玖族の方が勝っていたと信じている。

「見間違いではないだろう。俺が行こう。お前は班長に伝えに行け」
 宗寿は息子の宗忠にそう指示した。三十郎は村に帰ると、自分の雇い主の中目宗寿に、山で見た2人組の話を伝えた。宗寿は奴隷の自由を尊重している。三十郎もそれを感じていて、奴隷とはいえ、鹿子木村での暮らしにそれほど窮屈さを感じていなかった。
「しかし、父上と三十郎だけでは心許ないのではないでしょうか。ここは私も2人組の元に参りましょう」
「いや。お前は班長に伝えにいかねばならない。それとも俺が行ったら不安だと言うのか?」
 それは三十郎も思っている事だった。でっぷりした腹の宗寿は闘いには向いていない。
「大丈夫です。俺が命に代えてもご主人様をお守りします」
「三十郎がそういうなら仕方がない。父上、無茶は禁物ですよ」
「お前は、俺の言う事でなく奴隷の言う事を聞くのか」
 それは嫌な言い方ではなかった。その証拠に三人は笑っていた。宗忠は三十郎と同じ17歳であり、決して三十郎の事を奴隷だと思っていなかった。それは、宗寿や宗忠達の松倉族が、白玖族と友好関係にあった背景も関係している。他の2つの民族に買われていった白玖族の事を三十郎は知らないが、不遇な扱いをされているだろうと思っている。だが、その背景がなくともこの親子は三十郎に対しても公平な態度で接してくれていただろう。そういった心根の親子であった。

 中目の屋敷を出て宗寿は馬に乗り、三十郎は馬の引綱を持って先導していた。
「三十郎よ。お前はいつまでも家にいてくれてもよいのだぞ。お前が18になったら、俺はいよいよお前の事を養子に迎い入れてようと思っておる」この話を三十郎は何度も聞いている。それぐらい、宗寿は三十郎を可愛がっているということだ。
「ありがたいお言葉です」三十郎はそう返答するだけにした。三十郎を養子にしても、母親の葵枝も、そのまま屋敷にいてもらうとも言ってくれていた。そのような好待遇などあり得ない事だったが、三十郎は素直に喜べなかった。その原因は彼にもわからなかった。ただ、この村で一生を過ごすのは窮屈な気がしていたのだった。
「ところで、お前が見かけた2人組の事だが、一人は木箱を担いでおり、もう一人の背中には『無』と書かれた黒色の制服を着ていたというが間違いないか?」
「はい。確かに見ました。ご主人様は、何かご存じなのですか?」
「聞いたことがあるのだ。内地には無動隊という、軍隊とはべつの戦闘部隊があるそうだ。俄かには信じがたいのだが、人ではない敵を相手にしている部隊だという」
「無動隊ですか」炭治朗はそうつぶやいた。
「あくまでも聞いた話だ。俺が確かめた訳ではない」宗寿は馬上にいたが、しっかりと三十郎の方を見て話していた。それだけで、三十郎は宗寿の心情を察する事ができた。
「2人組を見つけたらどうしましょうか?すぐに捕えますか?」
「いや。俺が話をしよう。すぐに宗忠と班長もやって来るだろう。無駄に問題を大きくして、後々取り返しのつかない事になってはいけない。お前は案内だけしてくれればよい」
 三十郎は短く「わかりました」と言った。 


つづかない


一日延ばしは時の盗人、明日は明日…… あっ、ありがとうございます!