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間に合わない

 飯田春松は、平然とした態度を持続しようと努力をしながら、やや長い輪郭をした顔に狼狽の色を浮かべている。大きく見開いた眼を伏し目がちにして、渋滞情報に目をやった。この先のジャンクションで発生した大型トラックと乗用車の衝突事故により、三十キロも渋滞しているとの事。この事故によって片側二車線分が塞がれ、通行が大幅に制限されている。強い力を眼にこめて、春松は車列を憎々しげに見やる。そうやって見たところで、車列が流れるわけでもないのに。
「クソ」小声で呟く。苛立ちで体全体が小刻みに震えているようだ。
「飯田さん、あの」助手席から声がかかる。
「何だ」
「その……あのサービスエリアに止まってもらっていいですか? マジで限界っす」
「駄目だ」間髪を入れず、春松は答える。
「え」
「船の時間に間に合わない」
「いや、でも」助手席の望月が言いかけるのを、春松は遮る。
「あれに遅れたら、次の日まで待たないといけない」
「いや、でも……」望月は口籠もったが、意を決して「飯田さん、さっきからずっと貧乏ゆすりしてるじゃないですか。それ見たら……もう限界っすよ。これ以上は耐えられないっす」と続けた。
「俺のせいか?」
「いや、そうじゃないっすけど、でもそうです」
「はっきりしろ」
「いや、違うんすけど……あの……」
「はっきり言え」春松は苛立ちを抑えるように、ハンドルを握る手に力を入れ、望月に詰め寄る。
「そもそも、なんで船で行くんすか? 時間もかかるし、いうほど安くもないし、 新幹線で行ってもよかったんじゃないすか?」
「俺達だけじゃない。他の連中だって船で行くんだぞ」春松が、今度は声に苛立ちを隠さず言うと、望月は反論を試みる。「だって、あの人らは格上だし、ちゃんと個室があるんでしょ?」
「だったらお前だけ今から新幹線に乗れ」
「……いや、俺も船で行きます」春松は返事をせず、それきり黙りこむ。車内が重い空気に満たされる。望月は居心地の悪さを全身で感じる。
「飯田さん」望月が呼びかける。返事はない。
「あの……飯田さん……」
「何だ?」
「いや、その……」再び沈黙。
「用がないなら呼ぶな」
「もう、降りてそこでしていいすか? げんかいっす」

一日延ばしは時の盗人、明日は明日…… あっ、ありがとうございます!