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Torn チョベリバ3

前の話
「……そうだろ? コウキ君」
 それが俺自身に向けられた言葉だと察するまで、少しだけ時間がかかった。ムラカミはタイムスリップしてきた俺の事を知っている可能性がある。
「案外根性あるな」
 リョウジがムラカミの事をそう評価していた。ムラカミは、最後まで石膏ボードを4枚ずつ持って搬入した。
「コウキ君。君に話したいことがある」
 俺はリョウジの視線が気になった。別にリョウジに何を思われても、気まずい事などないのだが、話してわかるような事でもない。それよりもその時の俺は、この時間に留まりたいというよりも、戸惑いの方が大きかった。昔に戻ったからといって、やり遂げたい事もない。アキヨの運命を変えるという事だって、この時間から20年も後の出来事なのだ。
「なんだ? お前ら仲いいんだな」
 昨日よりもボードの枚数は多かったのに、搬入は早く終わった。リョウジの親父さんはムラカミの事を褒めちぎっていた。「華奢な体をしているのに、ムラカミ君は気合入っているな」とリョウジと同じような事を言いながら、昨日と同じように、親父さんは俺達一人一人に日給を渡してくれた。
「まぁちょうどいいわ。俺、この後も、親父の仕事を手伝わないといけねぇんだわ。お前らは先に帰れよ」
 気を使っている訳ではないだろう。俺とムラカミの関係など、同じ学校の、男子高校生にすぎない。リョウジはそう言って、誇らしげに、少し大袈裟な腰袋をつけて、現場に戻っていった。
「どうする? ビールでも飲みにいく?」
 ムラカミがどういう高校生活を過ごしていたのかも、大人になって、どういう人生を歩んでいたのかも俺は知らない。目の前の、少年の姿のムラカミは、隠しきれない青っぽさで、酒やタバコなど似合わないと思った。
「お前も、この時代に戻ってきたのか?」
 我ながら、不思議な事を言ったものだ。俺はそう思った。タイムスリップなどという言葉自体が、陳腐で馬鹿げている。
「そうだよ。コウキ君もだよね」
「なんで、お前は俺もそうだと知っている?」
 動物のサイのロゴが入った、ダボダボのジーンズに履き替えながら、俺はそう聞いた。ムラカミとゆっくり話がしたいと俺は思わなかった。
「気がついてないの? まぁそうだろうね。僕は気がつかれないように、ずっと見ていたから」
 うすら寒い風が、俺の背中を撫でた気がした。俺は何も言わず、多分、戸惑った目でムラカミを見ていたと思う。
「コウキ君。昔と同じように、アキヨちゃんとプールに行ったよね? 君は何がしたかったんだ?」
 ムラカミは、昔も見ていた。俺は知らないうちに、監視されていて、昔に戻ってムラカミの本性を初めて知ってしまった。
「お前、もしかして、ずっとつけていた訳? それだけお前はアキヨの事を……」
「何も言うな。君に何がわかるんだ?」
 遠い国の出来事だった筈だ。アキヨは夢を叶えた後、外国に住んでいて、事件に巻き込まれて、それで……。ムラカミは関係ない。それなのに、俺はこいつを疑いたくなった。
「もしかして、またアキヨちゃんと付き合うつもり? 君には家族がいるのにね」
 俺は、何の為に時間を戻されたのだろうか? 平凡でもいいから、元に戻って欲しいと思った。


つづく

一日延ばしは時の盗人、明日は明日…… あっ、ありがとうございます!