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【個人的音故知新】  〜カセットテープによる疑似多重録音の巻〜

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《序章》

DAW(Digital Audio Workstation)は今や音楽を作るうえで必須です。プロアマ問わず大変重要なツールとなっています。その機能はMIDIシーケンサーや実音の録音もこなし、各種エフェクトの挿入、トラックダウン、マスタリングまでやってしまいます。でもDAWの基本中の基本を一言で言うならやはり「多重録音(多重トラック編集)」なのです。
そこで今回の新しきを知っていただくためにご用意したのは、『カセットテープによる疑似多重録音』という古き良き音です。

《きっかけ》

不肖義、僕が作曲を始めたのは1976年、中学生の時でした。その頃家庭にもある音の記録媒体としてはラジカセというオールインワンコンパクトな音響機器が一般的でした。ラジオ&カセットデッキを省略してラジカセ。FM/AM/短波の3バンドラジオとカセットテープデッキ、それらを増幅し多少のトレブル・ベースの調整可能なアンプ、出力用のスピーカー、更に入力用マイクも内蔵されていて直接カセットデッキに録音もできるという代物です。

曲が完成したらギターを持ってこのラジカセの前に座り、録音ボタンを押し込んだらそのラジカセに向かって歌い録音するのです。今のICレコーダーとかスマホに録音する感じがよく似ていますね。バンドのリハーサルを記録して後々の反省材料にという用途なら、この一発録音はマイクなどの機材も不要で大変手軽で便利ですが、完成した新曲を作品として聴いてもらうには全く向いていないわけです。僕らはこれを何とかしたいと思ったのです。

好きこそ物の上手なれとはよく言ったもので、一応ちゃんとできるようになったから若さのエネルギーってホント凄いですよね。僕らは高価な機材を買い足すことなく、恐らく1円も使わずに当時多重録音を手に入れる事に成功したのでした。まだ民生用MTR(Multi Track Recorder)が世の中で商品化される3年前の事です。

《録音概要》

先ず当時使った機材から紹介しましょう。オーディオコンポ用カセットデッキ(SONY CASSETTE CORDER TC-2020)2台。この2台あったという所がツボです。運よくバンドメンバーが、僕が持っているデッキの上位機種を持っていたのです。
他にプリメインアンプ。これはオーディオコンポには必ず付属していて、レコードプレーヤーやラジオ、又はカセットデッキの音に切り替えたり、録音ソースを選んだりできるアンプです。
大物はこれだけです。あと重要なのがステレオ⇄モノラル用のRCAケーブル(赤白のピンケーブルと言われるやつ)です。当時はステレオがようやく一般家庭にも普及したばかりで、まだまだステレオとテレビなどのモノラル機材が混在していた時代なので、割と普通の家庭にもこの変換ケーブルは転がっていたのでした。
その他にカセットテープ2本、マイクやギターなどの音源ソースとモニター用ヘッドホンぐらいです。

さて、それではどういう仕組みか図を使ってご説明しましょう。
ここにカセットデッキAとBの2台があります。通常通りカセットデッキBのOUT-L/RからプリメインアンプのIN-L/Rに入ってます。デッキBを再生すればアンプを通してヘッドホンで聴けます。
デッキBのIN-Rには音源ソース(図ではギターになってます)。デッキBの録音ボタンを押せばいつでも演奏したり歌ったりした音を録音できます。ただしL/RのRチャンネルのみに録音されますので、ヘッドホンで聴くと右側だけで再生され、左側からは何も聞こえません。

ではまずこのデッキBにドラムを入れてみましょう。当時僕らはカラオケマイク1本で最初にドラムを録りました。ドラムだけで演奏しますので頭の中で歌いながら1曲丸々孤独に演奏します。一番最初のカウントもお忘れなく。
演奏に失敗したり、気に入らない場合は最初からやり直します。残念ながらオーバーダビングの機能はこの多重録音システムにはありませんので、演奏者に酷であろうが何であろうが失敗したらド頭からやり直しです。

さあ、カセットテープ2のRチャンネルにドラムが録音されましたよ。ここからがこの多重録音のツボの所です。先ずそのテープ2をデッキBから取り出してデッキAに入れます。この時A面B面を間違えない事と(B面は使いません)、カセットテープをド頭に巻き戻しておくことをお忘れなく。今カセットデッキAにはさっき録音したカセットテープ2が入っていて、デッキBには新品のテープ1がセットされている状態とします。
ここで先ほどのステレオ⇄モノラル変換RCAケーブルが登場します。カセットデッキAのOUT-L/RをRCAケーブルのステレオジャックでつなぎ、もう片方のモノラルジャックを、カセットデッキBの空いている IN-Lに挿し込みます。

もうこれ以上配線をつないだり差し替えたりする必要はありません。あるとすれば音源ソースの所をマイクにしたりギターにしたりするくらいです。
より良くなる方法としてカセットテープの長さに注目します。もし今作ろうとしている曲が5分を超えそうじゃなければ、カセットテープは10分のものを選ぶのが良いでしょう。テープは長いものに120分とかありますが、その分テープの厚みが薄くなり、走行が不安定になったり、巻き乱れが生じたりしますので、なるべく短いものを選択します。
図にあるギターとデッキBまでの間にお好みによりリバーブやディレイを噛ませてもいいですね。いわゆる付け録りというやつです。あの頃の僕らは手持ちのスプリングリバーブを噛ませました。

はい、では多重録音を開始しましょう。デッキBの録音を開始し、デッキAも同時に再生させます。ヘッドホンには先ほど叩いたドラムがLチャンネルから聞こえます。それに合わせてギターを弾きます。ギターはRチャンネルに録音されているので右から聴こえてます。
テープ2-L/Rがまとまってテープ1-Lに入って行き、同時にテープ1-Rにギターの音が録音されています。ステレオ⇄モノラル変換ケーブルがオートミキサーの役目を果たしてくれるのです。

もうお分かりでしょう。次に何を重ね録りするとしても、両方のテープを入れ替えながらデッキAは常に再生、デッキBは常に録音をするという作業です。デッキAで再生されたLRはモノラルにミックスされデッキBのL側に録音されます。これはつまりピンポンという作業と同じです。それと同時にデッキBのR側には新しい音が重ねられていきます。これを繰り返せばカセットテープによる超格安擬似多重録音の完成です。

《音故知人》

ところが当然ながらこれはカセットテープでのお話なので、重ねれば重ねるほどヒスノイズがハンパ有りません。今のデジタルっ子達には想像がつかないかも知れませんが、2回重ねただけでもかなりシンドいシャー!が乗ってしまいます。また最初に録ったドラムの音は重ねれば重ねるほど遠くへ遠ざかり、音の輪郭やダイナミックレンジもどんどん失われていきます。しかし可能な限り適正な状態で録音すれば、同じ4回重ねた音でも、3回重ねた程度にノイズを減らし、音の輪郭も多少マシに出来る事を学ぶのでした。これはDAWの現代でも基本的には全く変わりはなく、録りには細心の注意を払わねばなりません。

その当時の完成カセットテープが一部残っています(正確には、数年前までは残っているのを確認しています)。楽器の音作りもバランスも、当然演奏も声変わりしたてのボーカルも、未熟な楽曲そのものも、何よりも歌詞とか、もう全部どうしようもなく酷い出来なんです。でも当時ドラムやコーラス入りの多重録音によるデモンストレーションテープの作成は、僕ら中学生にとっては非常に画期的で、自分達のとても大切な作品となりました。この思いつきから作業工程も含め、今でも結構僕の人生の中でも印象的な出来事です。

これはカセットテープやデッキの構造やトラックを理解する上で大変役立った出来事でもありましたが、それ以上に楽曲を構成させる仕組みの一部を知ったり、演奏するという事を真剣に考えるきっかけとなったのです。
カセットテープが4トラックで構成されている事。カセットデッキは同じメーカーでも回転速度にばらつきがある事(チューニングが合わなくなる)。楽曲全体のガイドとなるドラムは雰囲気ではなく、テンポに忠実でなくてはいけない事。楽曲の起承転結ほ重要である事。メロディーとコードの関係性などなど。
その気づきと教えはその後初の民生用カセットテープMTR、TEAC144 PortaStudioの登場後の専用機を使う上でも、録音を前提とした作曲や作詞をする上でも大変役に立ったのでありました。

その数年後の18歳の時、僕は甲斐バンド(若い人は知らないでしょうね)のスタッフとして日本でも最高峰の録音スタジオに出入りしていました。普通なら高校卒業したてでいきなり現場に行っても、アーティストやエンジニアさんやオペレーターさんが何をしているのかが全くわからないものですが、お陰で大筋での作業の状況が分かったので、国内一流の技や機材にはそれはもう興味津々でした。

これを読んでも何のことか分からなかったり、理屈は分かってもそれが何か?と思った人にはもう何にもピンとこないと思うお話だったことでしょう。あ、そういう人はここまで読んでないか…。
カセットテープを駆使した疑似多重録音の完成は、音楽好きな中学生の僕らに、思いの他音楽的な教訓や課題も残して行ったのだと思います。ちゃんとやればちゃんと出来るという教訓(それ教訓か??)です。
それまでカッコイイと思ったことをその感覚のみでカッコだけつけてやっていたのを多少改め、曲ごとに譜面をしっかり書いたり、リフはきっちり演奏し、リズムを冷静に刻むなど、雰囲気だけでやるよりちゃんとやれば成果が出るのだと気づく始まりだったと思います。すぐにはじけちゃう中学高校生にはなかなか難しいんですけどね。

いわばこれが作品づくりの始まりで、この時から僕は録音による作品作りにハマり、今もなおハマり続けているというわけであります。皆さんにとってはそんなこと知るか!ですよね。
でもこの先、もし僕の気が向いたら既製品のMTR使用の項に引き継ぎましょう。
本日はここまで。