元バンドマンがVideographerになるまで

MAT_Filmsです。

今回は私の自己紹介も含めて、自分の半生でも書こうかなと思います。

と、その前にこのnoteは大体週一ペースくらいで更新しようと思います。
基本土日祝日が休みなので、基本土曜日に更新して、無理だったら日曜にずらしたりみたいな感じで。
本当にゆるーく書きたいことを書いているだけで、まあ今後映像制作で関わる方が何かのタイミングでこれを見て、私の人となりを知って私と仕事するのか決めるなりなんなりしてくれたらいいなーとか思いながら書いてますw
なので、興味あれば見てってください。

バンドマン時代(ONE OF A KIND)

私は鳥取県で生まれ育ち、バンドをやる為に20歳になる数日前くらいに単身上京。(埼玉住んでたけどね)
上京してすぐにメン募サイトとか、今存在するのかすら知らんけど、mixiでバンドメンバー募集・加入掲示板に音源を貼りまくり
なぜかトントン拍子でバンドに加入することに。
当時やっていたバンドがこちら。

当時ピコリーモと呼ばれるチャラい音楽が流行ってて、そんな感じのをやってました。
今となっては絶滅危惧種というか多分絶滅しましたwww

手取り12万くらいでギターやアンプをローンで購入し、税金を滞納した挙句に給料を行政に取り上げられる等
今では絶対無理だなーと思えるくらいの極貧生活を送っていました。
多分当時100万は借金してたと思う。覚えてないけど。

このバンドを通じて後に加入するReptileのメンバーと知り合うこととなります。

活動から1年半でONE OF A KIND解散。特に次のバンドをどうしようとかは決めていませんでしたが、上京したて&元気な若造だった私は人脈づくりを結構頑張っていたので幸い色々とお誘いの話は頂いていました。

バンドマン時代(Reptile)

その数バンドの中からReptileに加入する事を決意し、2015年にReptileに加入します。

全国各地をボロボロのハイエースでまわり、ギターをぶん回しまくるギタリストとしてファン2割、アンチ20割くらいの割合でバンドと共に注目度を上げていきました。

こんな感じでステージ上ではめちゃくちゃだし、ステージ降りてからの言動もめちゃくちゃだし、ライブの打ち上げなんかは本当にめちゃくちゃで、ただただめちゃくちゃに音楽を楽しんでやっていました。

就職~挫折とバンド脱退

その後2019年2月に就職し、サラリーマン兼バンドマンとして活動を継続するも、2019年10月頃に適応障害を発症。

当時26歳でしたが、25歳までに売れる見込みが無ければやめようと思っていたのと、精神疾患にかかるくらい毎日毎時間毎分毎秒バンドのことを考えて、自分なりに売れようと行動してもちっとも売れやしないんだという現実に直面しました。

本当に続けるのが無理な状況だったので、メンバーにはどうしても音楽ができないと伝え、バンドを脱退しました。

その後はSNSも辞めて、本当に親交の深かったバンドマン以外の連絡は削除し、機材もすべて売却し、音楽からしばらく離れているうちに楽になっていきました。

音楽を完全に辞め、映像制作との出会い

2年ほどなんとなくサラリーマンをやっていましたが、仕事に行き詰まりを感じていた時に大川優介さんというクリエイターのシネマティック動画をYouTubeで見つけました。

MVとか正直曲しか聴いてなかったし、映画を観るにもどっちかっていうとストーリーとかを頭で整理したりしながら観るので、あまり映像の細部まで意識して観ることなんて無かったんですが、偶然見つけた大川優介さんの動画に引き込まれ、同時に映像の世界に引き込まれていきました。

現在本業は営業職ですが、やはりクリエイティブな職種にいつか就きたいとちょうど1年ほど前に機材一式を購入して映像制作を始めました。

音楽をやっていた時にお世話になっていた方々から、全く繋がっていなかったからもご依頼を頂いて、この1年で6作品くらい作らせて頂きました。

上京してから約9年の出来事を簡単に書かせていただきましたが、こうやって文字に起こしてみると人生何があるかわからんなーという感じですねw

今後もイケてるVideographer目指して頑張りますので、よかったら作品をチェックしてください。



そして、撮影のご依頼もお待ちしております。

それでは、また来週。


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