第16話 浅草ゲイバー「ルイ」の律子ママは鳥越の男衆マサに心ときめく
「真島先生ぇ。ちょっと、あなた。さっきから、かなりお口が悪いわよっ。女の子がクソとかガキなんて汚い言葉を使うもんじゃないのっ。他のお客さまだって、そんなヒドイ言葉を聞きたくないのよ。いい、今日はそれを飲んだら、早く帰って寝なさいな。明日も早いんでしょ」
「えええええ、まだ飲み足りないってばぁ」
真島艶乃はゴネて、片手で髪の毛をかき分けると嫌々な顔でグラスに注いだビールをちびちびと飲み始めた。
「苦あれば楽あり。人間万事塞翁が馬、禍福は糾える縄の如し。教養のある美人先生には「苦」ばっかり訪れないってこと。今日はもう早く寝ちゃいなさい。寝たら今日の嫌なことは全部忘れちゃうわよ。明日の朝になったら幸せな「楽」が待ってるから。真島先生。……ねっ?」
「まあね、私ぐらいの美人なら、幸せは明日にでも歩いて来るってことか……。そうよねぇ、なんていったって、私って、教養もあるし、育ちもいいんだもん……じゃ、切り上げるわ律子ママ。お愛想して」
「はい、毎度ありがとうございました」
真島艶乃が帰り、ふうっと溜息をついた律子ママを、座席から眺めていたトビこと池之端鳶辰の息子の辰一は、水割りを飲んでいるマサに向かい、
「マサ兄ぃ、あれでさ、あれがお嬢の担任で……」
と、ぷぷぷっと吹き出した。
トビの話も半分でマサは右手の甲の火傷の痕をずっと眺めていた。青龍の紅炎は人間の皮膚をすべて焼き尽くすことはない、が、それなりの傷も伴う。神器を大神から委ねられるとは相応の覚悟が必要だと改めて感じていた。
「あらぁ、ちょっと鳥越の若い男衆が二人も来てくれてたの。嬉しいわぁ。カウンターが空いたから、こっちにいらっしゃいよ。ね、トビさん。これが噂のマサ兄ぃね、もーおっ、なんで今まで連れてきてくれなかったのよぉ。噂以上ねぇ、惚れ惚れする男前じゃない。うふふ、好みのタイプ」
「なんだよぉ、律子ママ。俺は好みのタイプじゃねえってかぁ。ガックリくるぜぇ」
「トビさんはね、こぉーこ、ここがスカッとしている、いい男なのよっ」
と、律子ママは胸に手を当てて見せた。
「まったく、よく言うぜぇ、ハハハハハ」
カウンター席でトビとマサは二人揃って水割りを飲み始めた。トビが調子に乗ってベラベラ話し出しているのを、律子ママは相槌を打ちながら聞いていたが、隣の寡黙な男の額にある深い斬られ傷、全身に纏う哀しみのオーラを前にして、どこか放っておけない気持ちが心の奥から沸きあがる。彼、何かワケ有りそうだけど……。
「お代わり、もう一杯作りましょうね」
そう言うなり律子ママは、マサが右手で握りしめている水割りグラスを包み込むようにして自分の白い手を、マサの手にさりげなく重ねた。
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