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シェアからレコメンドの時代へ 放送ではなく民主主義の議論を

放送倫理・番組向上機構(BPO)が20周年を迎え、記念誌への寄稿を依頼されました。その内容を加筆修正して、こちらに掲載します。

元々の依頼は「放送ジャーナリズムについて、新聞やネット、国内外の現場やGoogleでの仕事も経験した立場から書いて欲しい」というものでした。以前、新聞協会から同じような講演依頼を受けたときに「新聞ではなく報道の話をしましょう」と提案しました。

今回も一緒です。「放送ジャーナリズム」「テレビジャーナリズム」という限定された概念に関心があるのは、ほぼ関係者に限られるのでは。問題は民主主義社会にとって不可欠な「ジャーナリズム」という機能をどのように維持・発展させるか、のはずです。その方法はテレビだろうがネットだろうが、受益者から見たらどちらでも構わない。便利な方を選ぶだけです。

だから、見出しをこうしました。「シェアからレコメンドの時代へ 放送ではなく民主主義の議論を」。ネットの世界もこの10年で劇的に変わりました。僕がその中でも大きな変化だと思っているのが「シェアからレコメンド」です。人が拡散させる時代から、アルゴリズムが選ぶ時代へ。

メディアで働く人も、メディアを見ている人も、つまり、全ての人にこの根本的な変化を知ってもらいたいなと思います。それがメディアリテラシー教育につもつながるので。以下、寄稿文です。

BPO20周年記念誌への寄稿

私は2015年9月から3年半、BuzzFeed Japan創刊編集長を務めました。BuzzFeedはフェイスブックやツイッターなどソーシャルメディアで拡散することで急成長したメディアでした。あの頃と今で、圧倒的に変わったことがあります。それは「シェアからレコメンドへ」という変化です。人がシェアすることでコンテンツが急速に拡散する時代から、機械的な計算手法=アルゴリズムによってユーザーにお勧め(レコメンド)されることで膨大なビュー数を稼ぐ時代へ。そのような時代背景を踏まえつつ、「放送ジャーナリズム」について考えます。

成長を続けるYouTubeとテレビ局アカウント

博報堂DYメディアパートナーズ「メディア定点調査」によると、パソコン・スマホ・タブレットというデジタルメディア接触の合計時間がテレビを上回ったのは2014年に遡ります。2023年においては50代ですらデジタルメディアがテレビを上回ります。デジタルメディアの中でも視聴時間が長いのは動画で、若い世代ほどその傾向は強くなります。

世界最大の動画プラットフォームYouTubeの日本国内の月間視聴者数(18歳以上)は、2023年の発表で7120万人を超えました。前年比1.7%増です。45‐64歳のユーザーは2680万人以上で、同世代人口の79%を占めます。テレビを持たない人が増えているのと対象的に、今も成長を続けています。

注目すべきは、テレビ局アカウントの成長です。トップページから「ニュース」のタブを開けば、ANNnewsCH(チャンネル登録数355万人、登録数やフォロワー数は2023年11月現在)、TBS NEWS DIG Powered by JNN(189万人)、テレ東BIZ(187万人)、日テレNEWS(182万人)、FNNプライムオンライン(178万人)と主要なテレビ局が並びます。日本のテレビ各局はデジタル展開が遅れていると指摘され続けていますが、YouTubeを見れば、この5年ほどはニュースコンテンツを積極的に配信し、地上波だけではない視聴者獲得に繋がっています。

数が多いのは、ニュース番組から切り出された数分間ほどのストレートニュース動画ですが、ドキュメンタリーも人気コンテンツです。例えば、NNNドキュメント。100万再生を超えることも珍しくありません。各局のデジタル担当者と話すと「ネットにコンテンツを出そうという意識はこの数年で大きく進んだ」と口を揃えます。

新聞とユーチューバーがエミー賞を獲得

海外に目を向けるとBBC News(1510万人)、CNN(1570万人)で、文字通り桁が違います。「英語はマーケットが大きいから」という指摘もありますが、人口5100万人の韓国でもKBS News(261万人)です。テレビ局だけではありません。伝統的な新聞社から世界で最も成功したデジタルメディアへと進化したThe New York Times(437万人)、YouTubeで最も成功したジャーナリストの1人、ジョニー・ハリスは個人名のアカウントで451万人です。

NYタイムズとジョニー・ハリスをホスト役に据えて制作した14分20秒の論説動画「Blue States, You’re the Problem」は、2022年にテレビ業界の伝統あるエミー賞を獲得しました。Blue States(青い州)と呼ばれる民主党が多数派の州で、なぜ、党が訴えるリベラルな価値観が実現しないのかを問うた骨太の内容であり、民主党よりと批判されることが多いNYタイムズが、民主党やその支持層が抱える矛盾を鋭くついた作品です。日本で言えば、朝日新聞が時事解説ユーチューバーと組んで、リベラル批判的な解説動画でギャラクシー賞を穫るようなものでしょうか。この寄稿の依頼テーマだった「放送ジャーナリズム」という分野が持つ意味の変化がわかります。

ショート動画で人気のRICEメディア

TikTokやYouTubeショートなど短尺動画も見逃せません。こちらでも日本のテレビ局アカウントは成長し、テレ朝news【公式】は420万人、日テレニュースには260万人のフォロワーがいます。YouTubeと同様、ニュース番組から短く切り出した動画が、数万〜数十万ビューを集めています。

しかし、こちらも海外と比較するとまだまだです。クレオ・エイブラムは元々、ジョニー・ハリスとともに新興メディアVoxに所属していましたが、今は独立し、TikTokで130万人のフォロワーがいます。1人語りで「なぜ、宇宙人が見つからないのか」「どうやってインターネットのケーブルを深い海洋に敷設するのか」「なんでマラソンランナーはあんなに早いのか」など、素朴な疑問をわかりやすく解説して人気です。

日本のテレビ局のアカウントは番組からの切り出しが多いために横長の画角の動画がほとんどですが、最初からスマホを意識した海外のショート動画は縦長。見やすく、テンポよく解説する動画が多く、短くても情報量が多いことが特徴です。老舗新聞社ワシントン・ポストも、その好事例と言えます。

日本においてショート動画をうまく活用している事例としては「1分間で社会を知るメディア」を掲げるRICEメディアがあります。中心メンバー3人と制作スタッフ1人の4人で活動し、YouTubeアカウントの登録者数は33万人。

【衝撃映像】日本で最も海ごみが流れ着く島」というYouTubeショートの動画は対馬に年間3200万リットルの海ごみが漂着し、回収もままならず、特にプラスチックごみが海洋全体を汚染する喫緊の問題となっている現状を、わずか1分で説明しています。再生回数は690万回、いいねも30万を超えており、テレビ局が制作するコンテンツを上回る支持を得ました。RICEメディア代表兼プロデューサーで、自ら動画に出演している廣瀬智之(トム)さんは「社会課題に関心がある人だけでなく、関心がない人にも見てもらうためにはどうしたら良いかを常に考えている」と話します。

「90-95%がレコメンド」の衝撃

小規模な新興スタートアップメディアでも大手メディアに伍する影響力を持ちうるという意味では、BuzzFeedが急成長した2010年代と同じように感じるかもしれませんが、内実は大きく異なります。

冒頭に記したように、今はユーザー自らが能動的にコンテンツを共有していく「シェア」ではなく、アルゴリズムによる「レコメンド」がコンテンツのビュー数を左右します。コンテンツをすぐに見終わり、息をつくまもなく次のコンテンツがレコメンドされるショート動画の世界ではそれが顕著です。YouTubeのレコメンドシステムを作ったエンジニアは、ウォールストリートジャーナルの取材に「YouTubeでも70%のビューはレコメンドからくるが、TikTokでは90-95%がレコメンドだ」と語っています

話題のトピックか、流行りの音楽が使われているか、目を引いて飽きさせない内容か。それらの条件を満たし、ユーザーが目を止める動画をユーザーが好むと判断し、多くのユーザーにお勧めし、膨大なビュー数をもたらす。ショート動画が人気となり、同様の手法をYouTubeやFacebookなども次々と取り入れ、同じようなスタイルとテーマの動画が次々と量産され、お互いに関連付けあってさらに人気となっていきます。シェアされなくても、アルゴリズムが拡散する。人よりも機械の時代です。

「良いものを作れば届く」。2023年の民法連盟賞九州・沖縄地区の審査会や懇親会で、複数の審査員がそういう言葉を口にしていました。私は2019年から審査員を務めていますが、残念ながらそうは思いません。ネットがなく、皆がテレビを見ていた時代であれば、数少ないコンテンツの中で「良いもの」は自然と見つかりやすく、届きやすかったでしょう。しかし、ネットが発展し、YouTubeだけでも1分間で500時間の動画がアップされる現代において、「良いもの」をユーザーが勝手に見つけて拡散してくれる造り手によって都合の良い環境は、もう何年も前に消え去りました。

テレビのビジネスモデルは「破綻」 民主主義を維持するには

かくしてテレビ局もYouTubeでのコンテンツ発信に力をいれるようになったわけですが、根本的な問題があります。動画プラットフォームからの収益は、地上波の時代の莫大な広告収入に比べて小さく、大手メディアの高コスト体質と見合わないということです。

4人で活動するRICEメディアはショート動画で黒字化できたとしても、テレビ局は減少傾向にあるテレビ広告の収入を補うことは難しいでしょう。米3大ネットワークと呼ばれる名門テレビ「ABC」の売却を検討しているウォルト・ディズニーのボブ・アイガーCEOは、テレビのビジネスモデルを「破綻している」と指摘しました

私はBuzzFeedを経て、プラットフォームであるGoogleで働き、昨年、日本ファクトチェックセンターの立ち上げに加わって編集長として、ネット上で拡散する誤情報・偽情報対策に取り組んでいます。ロシア・ウクライナやイスラエル・パレスチナでの戦争を見ればわかるように、デマや情報操作がはびこる中で、信頼されるジャーナリズムの重要性はこれまで以上に高まっています。

NYタイムズとユーチューバーがエミー賞を穫る時代に「放送ジャーナリズム」という狭い業界の議論をしている場合ではありません。人々が長時間視聴する動画という形態で、いかに信頼され、影響力を持ち、かつ、組織として収益性が確保された形でジャーナリズムを実践するか。企業の生き残りのためでなく、健全な民主主義社会のための議論が必要です。

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