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#6 妄想具現化マシーン

まず、こちらからご覧ください。

「掃除しない会議室とかありえないw」

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我が社の女性社員とおぼしきTwitterのアカウントを見てはため息をつくことが、セグウェイの見回りと同じくらい日課となってしまった。

社員とのコミュニケーションをきちんと取っていたはずなのに、Twitterでは私に対する罵詈雑言の嵐ではないか。

しかし一方で、「『牧田さんとウォーキング♪』」なんて普通Twitterで呟くかな」とこれまたうちの社員とおぼしき呟きを見ては興味に駆られていた。

「牧田さんとウォーキング』か、うまくけばいいけど」

その瞬間思わず、イイねのところにタップしてしまった。
「あ!やっちまった!」

「どうしよう。私のアカウントは鍵かけているけど、おそらく向こうに素性が割れてしまうのでは…」と1人のオッサンはしどろもどろしていた。

社長の最大の懸念は、社長自身のTwitterアカウントのプロフィールが見られることである。

「セグウェイ乗りの乳房守」というアカウント名に続いて、「埃に囲まれながら、乳房と尻への妄想を愛する男」と書かれたプロフィール。

「やっぱり素性割れちゃうよね…?」

気分をげんなりさせていると、セグウェイの充電が切れたので、社長室に戻ることにした。

室内のデスクには、家族の写真と合わせて、ちょうど半年前に取材を受け、翌月の表紙に載ったTIME誌が置かれている。

もはや、あの半年前が懐かしいと思うまでに、社長の神経は衰弱していた。雑誌の表紙にある通り、「最も熱い100人」にも選出され、半年前の私は調子に乗りすぎていたかもしれない。

「妄想具現化マシーン」を製造するベンチャー企業を立ち上げて10年以上が経つ。

会社を起こした当時の私はイケイケどんどんの真っ只中で、他社との差別化を図ることに尽力した。アメリカのカビ研究の最先端をいく「臭さが脳の発達向上に及ぼす影響」という論文をもとに、「NO cleaning NO innovation」という社内理念を掲げ、会議室雑菌化計画も立てて、アイデアの創造を養う環境を作った。

はじめは社員から、羨望の眼差しを浴びて浴びて、それはまあ日焼けするほど浴びていたが、社員旅行の最中、「イノベーションの行き着く先は猥褻である」と声高々に主張するインチキ宗教の教示に心酔してしまい、社長は乳房と尻の安易な妄想しかできなくなったので、かつての社員らの光沢な眼差しは侮蔑と軽蔑に満ちた悲惨なものに変わってしまった。また、地方の中小企業のように世間から暖かく見守られる会社を目指すはいいものの、近所で野菜売りをしているツネコ婆さんからは「アナタの会社は応援したいけど、何しているかよく分からんけんね」と相変わらず生暖かいメッセージをもらっている次第である。この生暖かいメッセージが私の胸中に蓄積して、一週間風邪をひいて寝込んだことを知るのは秘書の牧田ななだけである。

ただ、ツネコ婆さんのボヤキとは裏腹に、マシーン技術の進歩は凄まじく、妄想を具現化するスピードは格段に上がった。現在、社長室には多数の乳房と尻がゴロゴロと転がっている。ちなみに「社長室の中が見えるのは精神衛生上、非常に良くない」という理由で、オンライン会議は一度もなされたことがない。雑菌・埃だらけの会議室でしか基本的に会議はしない。

社長室の室内を見たい物好きな方は牧田ななのTwitterアカウントを覗くと良い。ちょうど3日前に、いつ撮ったか分からない社長室の写真を載せて「我が社の恥部」とハッシュタグが付けられた彼女の投稿には、破廉恥な部屋の内情がわかるだろう。我が社の風通しの良さは、平気で社長を侮辱できることから、筋金入りである。


ここ最近、社長は悩んでいた。会社を大きくさせようと、ベンチャー精神満載で妄想具現化マシーン事業に取り組んでいた、あの頃の自分とのギャップに。今となっては、幹部社員に任せれば事業は上手く進むし、むしろ、そっちの方が売り上げはいい。取引先からは「清潔感が増しましたよ。アナタ以外は」と言われ、腹いせに硬めの乳房を妄想し錬成して、その乳房を取引先の顔面にぶつける暴挙を犯してしまった。しかし、その乳房の硬さは取引先の好みだったらしく、何とか難を逃れた。このように最近の社長は調子が良くない。

先日開いた会議で、オンラインサービスであるzoomに我が社の商品「妄想具現化マシーン」を紹介しようと、CM作成計画「プロジェクトCHIBUSA」を立案したが、社員は相変わらず会議室の臭さに悶絶するだけで、議論は進まなかった。

「あの状況じゃ、ZOOMのCM作成はうまくいかないかなぁ。そろそろ会議室綺麗にせねばならないのか」

ブツブツいいながら自宅に帰ると、玄関では「乳房見る?」とせがんでくる女房が私を出迎えてくれた。自室の掃除をしない社長に文句を言いながらも、伴侶として長年支えていることは間違いない。ただ、帰る度に毎回乳房を見せられては流石の社長も辟易する。とあるピンク色の宗教の教示に冒されていた時、社長はイノベーションの極地に踏み込もうと女房の乳房を用いてマシーン製造の研究をしていた。そのため、帰宅するとすぐに女房の乳房を見ては形状・ハリ・色彩を事細かく分析していたのだ。しかし実際、私自身も歳を取り、嫁の乳房も垂れてしまった。ところが、マシーン技術と嫁の乳房を見せる癖はどんどんエスカレートし、歯止めが効かない。

「私には居場所が無いのか」

社長はひたすら悩んでいた。こういう場合、誰かが手を差し伸べてくれることを期待するものだが、社長には無縁である。

ドン!

20 代の女性を想定した乳房が目の前で錬成された。寂しさを紛らわせるため、家の自室にもマシーンを置いていた。でもこの虚しさはなんだろう。

肌のハリも完璧。何も文句はあるまい。しかし、満たされない何かがある。

「とりあえず運動でもしようかな」

ランニングシューズに履き替え、夜道を散歩する。心地よい夜風が社長の体にしみる。30分歩いて、公園でゆったりしていると、1人の程良くふくよかな女性の声がした。

「社長!この時間にお散歩ですか?」

「おぉ!牧田くんではないか。散歩とは案外良いものだなぁ」

「私も今度の日曜、社内で親しくなった人と一緒に散歩するんですよ。社長もいかがです?」

君は我が社の恥部と言って、社長室をTwitterにアップしてたよね?と問いただしたくなる気持ちも彼女の笑顔を見ればなんてことはなかった。

「うーん日曜か。ちょっと忙しいかな」
「そうですか…残念です。」

「では、また月曜日に」と言って2人は別れた。

自室に戻ると、ベットで横になった。
「牧田くんは誰とウォーキングするんだろうか。いや、待てよ。Twitterでそんなこと呟いていたやつがいたよな。ちょっと気にならなくはない。それと会議室の掃除をムニャムニャ…」とブツブツ念仏を唱えるか如く、口を動かすも、その日はそのまま寝落ちしてしまった。

翌朝起きると、開口一番、妄想具現化マシーンが私に話しかける。

「モウソウノグゲンカニセイコウシマシタ」

「電源切るの忘れてたね、こりゃ」

#エッセイ #小説 #noteつなぎ  




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