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【小説】忘れられない初恋の色 #23(終)

本作は吉野おいなり君先生が執筆したこちらの作品の最終回になります。1話と最終回以外の話は僕含めて皆さんの脳内にありますのでよろしくお願いします。

なお、同作者の「小説 美術部の女の子」「小説 美術部の女の子#26(終)」も併せてお読みいただけると更に楽しめます。


終わらせます。


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「えー!マジありがとう!ぜーーったい一生の宝物にする!」

同級生の男子から制服の第2ボタンを贈られた女子が、まさに飛び跳ねて喜ぶその奇妙な春の風習を横目に見ながら、私は旧校舎へと向かっていた。

「ウチ、大好きな人がくれたものはー、絶対失くさないしぃ、大切にするからぁ」

「ちょっとアユミー、アツシにも同じ事言ってたじゃん」

女子達の会話の声が遠く離れていく。

そんなおめでたい人達には関係のない旧校舎への道も、流石に桜が咲き始めていて驚く。それにしても…この道は絶妙に遠いな。よく通ったなぁ、私。


「大好きな人がくれたもの…かぁ。」

私に、そんなものが、あるのかな。


学生生活が終わって、新たな環境が始まる一歩手前のこの3月を、誰かが勝手に「旅立ちの季節」だとか「別れの季節」とか大げさな名前を付けたりするけれど、私のその季節はだいぶ小ぢんまりとしていた。


卒業式が終わって、同級生は各々の部活へ顔を出す。華々しい祝福や熱い抱擁なんてここにはなくて、あるのはがらんとした旧校舎の教室と、そこに差し込む微妙に温い日差し。その日差しが教室に漂う埃と、



”あの人”が寝ていたパイプ椅子を照らしていた。



私はそのパイプ椅子に腰を下ろして、目を閉じてみる。確かに、ただ座ってるだけなのに安眠確実な最高のロケーションだ。怒鳴ったりしてこのまどろみを遮っていた事に多少の罪悪感は生まれるけれど、



「ほんっと、サイテーな顧問だったなあ…。」



あれ…。



卒業式でも泣かなかったのに。


この旧校舎で私の鼻をすする音だけが響き渡る。

こんなとこ見られたら、”幽霊”認定間違いなしだ。


「ぜんぶ、幽霊の仕業だったのかなあ」

ぽろぽろと止まらない涙を、明日からは着ない制服の袖で拭ったその瞬間だった。



「初野さん、だよねっ!?高校生絵画コンクール最優秀賞の!」

「きゃああああああああああッッッ!!」

突然誰かに話しかけられたものだから、ベタにパイプ椅子から転げ落ちて絶叫してしまった。卒業式に尻もちついてる女は全国の同級生でも私くらいかも。

「個展のお誘いで…ってちょっと!人を幽霊みたいにー!」

目の前に現れた綺麗な人は呆れながらもニコニコとしていて。その笑顔はこの季節にぴったりの、なんだか桜のような温かさで…とか何とか先生みたいな言葉が頭に浮かんできて、いかんいかんと首を振った。

「えっと…。あなたは…?」

頭に浮かんだクエスチョンマークをぶつけるしかないのだが、綺麗な人は、目を輝かせてこの古びた教室を、少し高いヒールで足取り軽そうに眺めていた。

「あぁ、ゴメンゴメン。懐かしいなあと思って。」

自分の拳をこつんこつんと頭にぶつけながら、ひらりとこちらに振り向くと、そのセミロングの黒髪がふわりと揺れた。

「私は...」


「”元” 美術部の女の子…って感じ、かな。」



ぽかんとする私の手を握り、ふらふらと立ち上がる私には相変わらずにっこりと微笑むこの人は、何故か分からないけれど、初めて会った気はしないような…。

少しの間だけ、私の中にいたんじゃないかって…。どうしようもなく意味も順序も分からないけれど、そう思った。

「6年前に、この校舎で高校生やってて。今の子ずるいよぉ、あんな綺麗な学校で過ごせてて!」

「えっ、ってことは…美術部の、先輩なんですか?」

「そ!敬いたまえー後輩ー。なんてね。」


「私以外に美術部やってた人…いたんだ…。」

先輩同期後輩OBという部活の基本的4原則が存在しない場所だとばっかり思ってた…。謎の感動が私を襲う。

「って言っても、3年間のうちほぼ病院で寝てたから、実質幽霊部員だったんだけどね。」

「…ご病気、だったんですか?」

初対面なのに、ずけずけと聞いてしまったけど。何故か…もっとこの人の事を知りたいと思ったから。

「ちょっと事故があったらしくて。記憶も全然無いの。でもこの場所は、ここにいた記憶は、”大好きな人”がくれた、大切なものなんだ。」

窓を見つめるその横顔はどこか寂しそうだけれど、綺麗だな、と思った。

「その大好きな人と過ごした証も何もないんだけど、この場所と記憶だけは…ずーっと大切にしておきたいし、忘れたくないんだよね。」


「…ごめんね、初対面なのにこんな変な事言って!」

「…私も、です。」

「え、あなたも記憶喪失?」

「いやそうじゃなくって!」

手を振る私をぽかんと見つめる彼女は、まるで他人のような気がしないから。

「私…も、そうします。」

「うん。」

「私も、大切な人と過ごした証も、何も貰ってないし残ってないけれど、ここで過ごした想いを、大切に…していきたいです。」

何言ってんだろう私は。こちらこそ初対面の人に。

「絶対なくしたくない、初恋だったから。」

そう私が言った瞬間に、




「ありがとう。」



私は、抱きしめられていた。


「そう、思ってくれて。」


暖かい。

この春先のような温もり、初めてじゃない。

やっぱり私は、この人の想いに触れていたんだ。

私に取り憑いていた”ハルちゃん”は、ハルちゃんの記憶は、この人なんだね。

そうなんだよね、ユキオ先生。

「私も、負けませんから。」

「え?」

「ユキオ先生のこと。」



そんな”別れの季節”に思わぬ出会いがあって。

先生が背中を押してくれたとおり、私は絵の道に進みます。

今もどこかで居眠りしてるんだろうけど…。

いつか、全てが終わったら、

また。

また、私が、叩き起こしますね。


だから、

私、待ってます。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





「ありがとうございます、刑事さん。」


「あんたねえ、出所してすぐに行きたいところが絵の個展って、とことん変わった人だな。それに付き合ってる俺も大概だが…。」


「……。」

「時を越えた幽霊事件ねぇ。小説でも書いてみたら、当たりそうなもんだけどな。」

「...僕の罪は、一生消えませんから。」


「....。さっきからその絵見てるけど、お気に入りか?」


「はい。これを見に来ました。」


男が見上げるのは。


真っ赤なアネモネの絵。

吸い込まれそうになるほど衝撃的な赤。



題名は、



【忘れられない初恋の色】





そして、

この日は、あの日から遠くない未来の、

”出会いの季節”だった。


~fin~


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原作:「忘れられない初恋の色」

著:吉野おいなり君





やるじゃんってなったらお願いします!その力で松屋を食べます!!