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ほんの数十年前まで女性の人権がなかった話

昨日は国際女性デーでした。国際女性デーは国連が定めた女性の人権の日です。

昨夜配信したメルマガは「国際女性デー!ネガティブな「だから」からポジティブな「だから」に変えていこう」というタイトルでお届けしました。

日本で女性が参政権を得てからまだ100年も経っていません。明治生まれの祖母からは、女だから教育を受けさせてもらえない。女だからお風呂は最後、ご飯も土間で食べなくてはならないなど、色々な話を聞きました。(信じられませんよね)

今私たちが普通に教育を受けられて、普通にテーブルでご飯を食べたり働いたりできるのは先人たちのお陰なのです。

昨夜、寝る前にふと思い出したのが、母のことでした。

私が法人を立ち上げる話を母にしたとき、母が夫の名前を入れること、それから「お母さんの名前も入れていいわよ」と言ったのです。

父が会社を興したころは、株式会社を作るには取締役は3人以上必要で、必ず取締役会を設置し、監査役も1人以上選任しなければならなかったのです。

現在取締役は1人以上、取締役会の設置や監査役の選任も原則として自由です。母の知識は旧法のままでした。

「大丈夫。私一人で会社は作れるから」と話は終わりました。

昨年の夏ごろ、父の遺品を片付けていて、父の会社を登記した時の書類が出てきました。50年ほど前の書類で、自筆で何人もの名前が書いてあり、沢山の割り印が押してありました。

名前は親戚や弁護士さんなど知っている人たちばかり。
「へえ~」と見ていると、母がボソッと「お母さんは入れてもらえなかった」と言ったのです。

確かに父の会社に名を連ねていたのは男性ばかりでした。50年前に会社を立ち上げるのに人数が必要でも、女性である妻を入れる選択肢はなかったのでしょうか。

取締役は私一人で大丈夫だったけど、母の名前を入れてあげれば良かった…昨夜の後悔です。

そういえば私が自動車の免許取得のために教習所に行き始めたとき、女性はほとんどいませんでした。一緒になった女性は、旦那様とお店をされていて配達をするために免許を取りに来ていた人でした。

その人に言われたのが「女の子なのに免許を取るの?」でした。私が教習所に通っていたのは40年前ですね。40年前の日本は女性が免許を取るのは珍しかったのです。

男女雇用機会均等法前なので、4年生の大学を出たら就職口がない。高卒か短大卒で就職しても一般職で、数年で結婚をして寿退社が当たり前だった時代です。

母の友人から「職業婦人なのね」と言われたこともあります(笑)
学校を卒業したら「家事手伝い」という謎の職業で、お料理やお花を習い結婚をする人が残っていた時代ですから。

今は4年生の大学を出ても、男性と一緒に入社試験を受けられます。お茶くみコピー取りじゃない仕事も与えてもらえます。25歳過ぎて結婚できないと「クリスマスケーキ」なんて言われたり、結婚して会社を辞めないと嫌味を言われたりなんてこともないでしょう。

それも先人たちが女性の人権のために活動をしてきてくれたからなんですよね。先人たちに恥じぬよう「女だから」と言われないビジネスパーソンにならなくてはなりません。

昨日のメルマガに加筆修正を加え、オフィス凛のコラムにしました。お読みください。

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