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父の人生を変えた『一日』その71 ~男と漢のロマン~

その71 ~男と漢のロマン~
 私は㈱トーメン時代偉いさんによく可愛がられた。その中に井上専務がいる。財務経理本部で実績を伸ばし出世街道を走ってきた専務である。頑固者で有名であり口の悪さも定評があった。専務だけにお抱え運転手付きであるが自分の脚は健脚丈夫だと言って朝は地下鉄で会社に通っていた。麻雀・ゴルフの大好きな専務であった。富士山の見える天城に別荘。そこに、ゴルフ会員権を持っておられ、よくそちらに遊びに行った。奥様も元トーメンの社員であったという。素晴らしい奥様であった。アメリカから帰ると麻雀の集計をやらされた。15日の給旅日負けた人から集金し勝った人にお金を持っていくのである。30-40人が木材部の麻雀メンバーであった。
1回目集計した。専務が18万6千円負けていた。集金にいかねばならない。嫌になって大江本部長に相談に行った。水澤君の1万8千円くらいの金額だから遠慮なく集金に行けと言われた。コンコンと専務室をノックした。
『誰だ?』
『木材部の水澤です。』
『何だ?あのー。集金に参りました。』
『なんぼだ?18.6冊です』と言った。
財布から即座に支払った。失礼します。と言って専務室から逃げ出そうとした。待て、ちょっと来い。はああ?ところで今晩メンバー作っておけと言われた。了解しましたと言って専務室を後にした。麻雀で負けても負けても挑戦する専務であった。
 麻雀の帰りはお抱え運転手付きの車であった。私の社宅が同じ方向なのでよく乗せてもらった。途中、社宅で降りようとした。そしたら『馬鹿もん』と一括された。『お前は私を送ってから自分の家に帰れ』と言われた。すいません、気が付きませんでしたと言って家までお送りし鞄を持って玄関先までお連れした。全く面白い専務であった。その専務がアメリカに出張になった。アメリカンエキスプレスのゴールドカードを忘れたと飛行場から電話があった。『お前新しいカードを作ってニューヨークの私のウエステンホテルに送っておけ』と言って電話を切ってしまった。秘書室長にでも頼めばいいのに私に電話してくる専務であった。昨夜、あの専務思い出して越後牛を送っておいた。耳が遠くなったみたいだが元気であるという。再開したいものである。


~倅の解釈~
 父はあまりこの井上専務の話は家族にはしなかった。私もライオンニュースを読んで初めて知った。父は本当に大事なものに関しては自分の中に隠していたに違いない。アメリカの大海原で暴れまくって帰ってきた日本。帰ってきたトーメン本社。父の目標は間違いなく愛するこの会社の取締役だったに違いない。
 親父にはあった瞬間から人の懐に入り込む技を持っていた。勿論、事前の徹底したリサーチや話術は基本中の基本であり、また別の「何か」を持っていた。通用しない相手もいたかと思うが気に入られるときはとことん懐の奥深くまで入り込む。
 生前こんな話を親父とは出来ていないので倅としてのただの推測に過ぎないが、親父のピュアな精神があったからこそ懐の中に入れたのではないかと思う。心底人を愛し、その人のために尽くす。尽くしたいという気持ちがあいてに伝わる。
 親父の信頼する方々との会話ややり取りを見ているとまさしく恋人同士のようだった。これぞ「男と漢のロマン」なんだと思う。私もそういう同志と一人でも多く出会い、親父のように語ってみたいものだ。女には到底分からないものであるが、理解してもらいとも思わない。

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