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300年後の君たちへ

2322年を生きる君たちはnoteを読んでいるだろうか?スマホを触っているだろうか?
真面目に考えているのだがあんまり周りにおもしろい話しとして言えないので読まれもしないnoteに記す事にして楽しむことにする。
では300年前はどうだったか。調べてみたらなんと日本は江戸幕府下で吉宗が39歳私より年下の時。昭和、平成辺りなら時代劇としてテレビで見たやつだな。年配層に人気があった。その層からしたら200年前ぐらいになるのか。かなり近づいたなとかそうこう考えていたら歴史はおもしろい。
なぜそういう大概の人がどうでもいい事を考えて楽しんでいるかと言うと、300年後を生きる9世代先の未来に何が残せるのか考えていて、結局今の価値観では考え付かないような事が重要とされる未来になるから、もう何をしたらいいのかわからんないから大きな焚き火を燃やしている、という価値観に出会えたからだ。
なんて自由な発想だろう、一見なんつう馬鹿な事をやってるんだと思ったら300年後まで想いを巡らし行動しているなんて誰がふと見ただけでわかるのか。本当におもしろい。ここから溢れるイマジネーションやアプローチは生き方さえも軽やかにしてくれる無意味さがある。
当然、今の価値観にある程度沿っていかなければならないから少し取り組むくらいでちょうどいいと思うが。
ここ100年ぐらいでテレビがなかった時代からテレビいらない時代になるくらいだから現在のほとんどは何かしら無くなり、また新しい何かが生まれるだろう。
現在2000年前の石版が残っていてそこに書かれていたのは、鍋の取手売りの店に対するクレームだったらしい。どうも今も昔もたいして人間は人間として生きているみたいだ。
結論としては、生きていくのに必要な事をそこそこやって楽しんで生きる事をやりたいようにやり、たまには盛大に想像力を働かせて無意味な事に没頭するということになった。



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