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「現代mix考。」-Creating depth & Making 3D sound-

本ノートは出版予定だった本の原稿に手直しを加え、noteとして公開したものになります。ミックスの音作りに悩む初心者から、中級者、プロを目指す方に向けた、自分なりに良いミックスをつくる方法論をまとめたものです。
有料にはなりますが、いただいたお金をもとに本を出版したいと考えております。
もし、製作の手助けになりそうでしたら、是非ともご購入ください。
きっと、損はさせません・・!

諸石 政興

2023/12/05に、note公式に3740万本以上の記事の中から選ぶ「みんなが買ってよかった記事50選」に選出されました!
皆さん、ありがとうございます!

まえがき

僕は、諸石政興。
マスタリングエンジニアです。
この本(note)を手にされている大多数の皆さんと同じように、僕はどこかのスタジオに就職をしたり、アシスタントをしたりしていた経験はありませんでした。
つまり、独学、取材、現場経験を通じて、勝手にエンジニアを名乗っていたのです。

僕がエンジニアを始めたきっかけというのは、あまり立派なものではありませんでした。
学生時代バンド活動に明け暮れていて、就職活動に苦しみながら、不動産の会社に就職をするも、失敗。半年で根無し草になってしまいました。
その後、フリーター活動を続けながら、自分にできることは何があるかを考えて、独学を重ねて、何もできない、何も知らないのに体当たり的にエンジニアを名乗りはじめてしまいました。

昔から、ギターのエフェクターやトーン、ボーカルの声がマイクで変わるような変化が大好きでした。
これなら自分にもできるかもしれないと何も知らずに険しい道に登っていったことを覚えています。

結果はお察しの通りで、何も知らないし、誰からも学んでいない人がうまくいくわけがありません・・・。

正直、失敗を何度もしましたし、たくさん怒られました。
それでも、優しい仲間たちに支えてもらいなんとか活動を続けていきました。
その当時は、僕はレコーディングからマスタリングまで一通りできるつもりになっていましたが、本当にプロと名乗っていいのか、フラフラした気持ちでした。
それでも好きだから続けていました。

あるときに、スタジオのヘルプに入ったことをきっかけとして、とある伝説的な日本のマスタリングエンジニアのセッションに立ち会うことができ、雷に打たれたような経験をします。
当時のメインエンジニアの方がミックスしていた、いまいち、パッとしないと感じていた2mix(失礼)があっという間に仕上がっていき、安心して聴けるものへと変化していきました。
今思えば、その2mixもかなりレベルが高かったのですが、当時はそのリテラシーすらありませんでした。
マスタリングされた音を聞いたとき、「そうそう、こういう音になっていて欲しかったんだよ!」といった感動がありました。
当時のことを思い出すと、何もわからないがゆえに魔法のような出来事に思えて、一生懸命インターネットでマスタリングについて調べていました。

そこから、マスタリングエンジニアを目指しはじめました。
そんな僕を面白がってくれた心やさしきレーベルの方々、アーティストの方々、先輩たちに恵まれ、僕は今もこうして活動を続けることができています。

そうこうしているうちに、今年で携わったシングル・アルバムのタイトル数は2019年時点で600を超えました。その内容はアーティストものから、いわゆるコンピレーション、レコード、カセットテープなど多岐に渡ります。
どんなに下手でも、どんなにセンスがなかったとしても、経験というのは嘘をつかないもので、今では何がいいミックスなのか、ある程度自分なりの指針を持つことができています。
そして、2019年の6月から、憧れのスタジオだったParasight Masteringに移籍。
この上ない素晴らしい環境で仕事を続けることができています。

しかし、最初は下積み経験ゼロ。
完全にノンキャリアからのスタートでした。
きっとあなたがキャリアのあるエンジニアなら、ミックスに自信があると断言できるのなら、この本を手にはとっていないでしょう。でも、僕だって、そうでした。

「もしかしたら、そういう経歴の人だから書けることがあるのではないか。」
ありがたいことに、オーズLLCの方山さん、藤原さんにそのようにお声がけをいただいたことが、この本を書くことになったきっかけです。

当書籍では、アマチュアだからこそわからない視点、アマチュアではじめたからこそ気づけた視点を交えて、そして、マスタリングエンジニアだからこそ語れるミックスについて語っていきます。
自分自身、まだまだ発展途上、勉強中の身ではありますが、きっとそれは生涯変わらないこと。
今現時点でお話しできることをいっぱいに詰め込んで見たいと思います。
この本が一人でも多くの方の制作にお役立ていただけたら、それはこれ以上ない喜びです。

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現代的なミックスって何か?を考える

「ミックスをしよう!」そう思って、インターネットで調べてみると、オススメのプラグインや具体的すぎる使い方ばかりが載っていて、そもそもミックスがどういうものなのか語られているものは少ないように感じる。

ミックスができることは、今となってはDAWやプラグインと進歩を共にしているので、新しい情報と古い情報が入り混じっていて、後から調べるともっともらしく書いてあることが平気で矛盾してしまうことが多い。
全員が最先端を追い求めているうちに、何をよしとするかのトレンドの入れ替わりが激しいのだ。
そのため、道具も流行り廃りがあり、種類が増える一方で、結局どう使えばいいのか、どう考えればいいのかは解釈が流動的であることもあって、あまり語られていないことのほうが多い。

だからこそ、ここで僕が読者の皆さんにお伝えしたいのは、インターネットでサクッと調べれば出てくるTIPSのようなものではなくて、考え方、向き合い方だ。
もちろん、「ミックスマスタリングは、最新の機材、トレンドのモノさえ押さえておけばなんとかなる。」それも、一つの考え方かもしれない。否定はしない。
確かに、一流の人や一線の人は総じてミーハーで、なんでも面白がる傾向はある。
正直、僕にもその傾向はあると思う。

でも、道具が同じなら、同じ結果になるか?というと、不思議なことに全然同じ結果にはならない。

色々とミックスを見てきて、プロとアマチュアにはやはり、明らかな違いがあることを僕は理解している。
道具の使い方というより、道具の捉え方が違う。
そこにこそ越えられない一線がある。

今は、みんなプラグインでいろんなことができるようになったため、あらゆることの参入障壁がなくなってしまった。
CDのビジネスモデルは徐々に配信に移りつつある。
その流れのなかで、残念ながら、制作費用自体がカットされる傾向は、音楽で働いていれば、皆さんも骨身に染みていることだろう。
そんな事情もあって、実際のところ、使っている道具はプロもアマチュアもそこまで大差ないし、皆自宅でミックスをしている。
そうなってくると、本当に必要な情報は「有名エンジニアの〇〇はこのプラグインを使っています、この機材を使っています」という情報ではなくて、「〇〇さんはその道具をどういう風に捉えている」という情報こそが真に役立つ情報になってくるはずだ。
捉え方がわかれば、ケースバイケースで使い方がわかってくる。
もし、使い方がわかれば、そのエンジニアと似た結果を出すことができるのではないだろうか。きっと、そうだろう。

一般的には、そこは企業秘密になってしまいがちで、コアな部分になればなるほど、調べてみても簡単には出てこない。
残念ながらまだ僕はそこまで有名なエンジニアではないけれど、本を読んでくれている皆さんにはつつみ隠さずそういった「捉え方」を伝えていければと思う。

現代的ミックスへのアプローチ

ミックスには世代がある。
そう思う理由は、マスタリングをしていく中で、何を重視しているのかがミキサーさんによって全然違うことに気がついたからだ。
例えば、経験を重ねたミキサーさんならば、モノラルでのバランスを非常に重要視されていて、ほとんど完璧なバランスをフェーダーだけで描いてくる。
一方で、現代的な音楽で育ったプロデューサーさんならば、ステレオに大きく広がった派手なミックスを仕上げてくる。
これは、どちらが良い悪いではなく、どちらも良い。

ただ、もし、今からミックスを学ぶのなら、最初から現代的なアプローチを学んでおいたほうがいいように思う。
というのも、現代では憧れているミックスは、そのほとんどがDAWで作られていて、DAWだからできるアプローチが多用されているからだ。
もちろん、アナログ完結というのも否定はしないけれど、使えるアナログ機材は高価だし、ベッドルームプロダクションのビリーアイリッシュがグラミー賞をとったように、才能と経験があれば、トップを目指せる時代でもある。

では、伝統とは意味のないものか?
そんなことはない。基本的なミックスの概念は、時代の流れを継承している。
だから、まずは今起きている現代のアプローチを知りながら、徐々に老獪なミックスを作っていけるようになればいいというのが、僕の意見だ。

現代的なミックスってなんだろう?

現代的なミックスって何だろう?
これはちょっと無理やりな線引きだけれど、あえて定義をしていきたい。
僕が思うに、現代的なミックスとは、ステレオであるにも関わらず、3D的な音の配置をすることに成功したミックスのことだ。

ミックスの道具は時代とともに進化をしてきた。
昔はモノラルしかなかった頃から、ステレオになり、そして今はステレオ外の音を使った3D表現が盛んに行われている。
良くも悪くも、テープの時代やアナログコンソールの時代にはあり得なかった表現方法や、手法をDAW上では行うことができてしまう。
もちろん、その頃の作品が3D的な感覚が無かったか?と言われれば、名作にはあるからこそ、その作品が時代を更新してきた背景はある。

しかし、その頃に比べると、難易度が違う。
今は、PCさえあれば、どこでもミックスをすることができる。
さらに、プラグインの進化によって、アナログの枠に治らないキャンパスを作り出すことができるようになってきた。
では、この3D感の正体とは何なのか?というのを考えていくのが、ミックスができるようになる近道であるように思う。

近い音をより近く、遠い音をより遠く

3D感を感じるためには何が必要かを考えてみよう。
例えば、以下の図を見て欲しい。
どれが立体的に感じるだろうか?

<A> 大きさが同じ円

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<B> 大きさが異なる円

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<C> 大きさが異なり重なっている円

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<A> に関しては、比べる対象が同じ大きさなので立体感は感じにくい。
<B> については、左の円が大きいことはわかるが、平面で捉えることが出来る。
<C> については、円が重なっていることによってどちらが手前にあるかはっきりと知覚することが出来る。

これは視覚を使った話だが、聴覚においてもそれは同じことであるように思う。
色々な大きさの円を限られたスペースに置いていくとき、一番立体的に感じる音の配置の仕方は、「近い音をより近く、遠い音をより遠く、地続きに置くこと」。
これを、どうやって作っていくかをこれから語っていこうと思う。

音をボールで考える。

ステレオのミックスは結局のところスピーカー2台から出る音での表現なので、サラウンドと違って音の枠が決まっている。こんな感じのイメージだ。

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この立方体の箱の中に、色々な音や楽器を詰めていく。

そして、正面から見たときに立体的になっているように感じさせるためにはどうしたらいいかを考えていくと、何をするべきかが見えやすい。

ただ、例えば一眼レフで空間を切り取った写真がそうであるように、実際に立体的な仕掛けを作るためには、奥行きにどのような配置でボールが入っているのかを意識する必要がある。

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このようにまずは全体を設計してしまって、目標を定めてしまえば、ミックスは路頭に迷うことがなくなり、サクサクと案を作っていくことができるようになるはずだ。

とはいえ、それって実際にやってみると簡単なことじゃないので、色々とツールを使う必要が出てくるのだ。逆に、「ここをこうしたいから、こうする」と言った目的意識を持つことができれば、道具を選ぶことは実に容易い。
なので、ミックスしてみる前に最終形のイメージがどんな風にボールが箱に入っているのかを想像してから、手を動かすようにしよう。

要素同士の相対的関係

さて、先程は音をボールに例えてみたが、実際に音はボールのように見えて手に取れるわけじゃない。なので、まずはボールをイメージする必要がある。
そこで、手助けになるのが、それぞれの楽器同士の相対的な関係だ。

例えば、歌とピアノだけしかない曲があったとしよう。
そのときに、今は歌の方が大きく聴こえるのか?ピアノの方が大きく聴こえるのかを判断するのはきっとそんなに難しくない。
この大きく聴こえる、というところを、近く聴こえると認識をしてみると、どのようにボールが置いてあるかが見えてくる。

手前に聞こえる方を大きなボール。
奥に聞こえる方を小さなボールとして、音をイメージしていく。

でも、実際は歌が近く聞こえることもあれば、ピアノが近く聞こえることもある。

そういった、
「●●に比べて××が近い(遠い)」
といった関係を「相対的関係」と捉えていく。

さて、このどちらが近いか?遠いかを捉えるためには、まずは何かしらの比較対象がないと分からない。
真っ白な背景に一つだけ点が書いてあったときに、その点がどのぐらいの大きさかは人はわからない。もしかしたら、巨大な点をはるか上空から見下ろしているかもしれない。あるいは、物凄く小さな点を顕微鏡でみているかもしれない。
大きさを認識するためにはそれだけだと情報不足なのだ。

ところが、点の隣にタバコの箱が置いてあったらどうだろう?
すぐに大きさがピンとくるはず。
これが、ボールの大きさを知覚するために非常に大事な感覚になってくる。

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ボールは二つあってはじめて大きさがわかるもの。
音の遠近は相対的なバランスによって決まるのだ。

ピアノと歌だけなら最初から2つしかないのでシンプルだ。
でも、例えばそれがロックバンドなら、ドラム、ベース、ギター、ボーカル、シンセ、ビート・・・・様々な要素が複雑に絡み合ってくる。
そうすると、もう何が何だかわからなくなるのは当たり前で、うまく頭の中を整理するコツが必要になってくる。

どうやって相対的関係を感じ取ればいいか?
相対的関係を感じ取るためのコツは、比較対象を決めることだ。
僕の場合はベースが中心になっていることが多い。
ベースに比べてバスドラムがちょっと近い、とか、そんな調子だ。

これをどんどんと繰り返していく。

バスドラムと比べて、ボーカルはやや近い。
ボーカルに比べて、ギターは少し遠い。
ギターに比べてシンセリフは近い。

そんな感じで、情報を把握していく。
だけれど、これって、すごくややこしい話だと僕は思う。
複雑に相対関係が絡み合ってくるやっぱり、わけが分からない。
人は、2者択一はカンタンにできるが、複数の要素を一気に把握をするのはやはり無理がある。

なので、まずは図に整理をしていくことを強くお勧めをしたい。

相対的な関係を感じ取るための公式
小さい音=遠い音
大きい音=近い音

ポイント
音を感じるためには、基準になる音を見つけること!

ミックスをつくるために必要な概念

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