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抱きしめることの効用

息子が保育園に通っていた頃、落ち着かず色々と我慢もできない息子を見たある人から、「1日1回でいいから5分、その間は他のことは何もしないで、子どもを抱きしめて」と教えられた。

以来、父親側の所へ泊りに行く以外の日は、1日1回以上、必ず正面から抱きしめる習慣が付いた。私と息子の間では、この行為は「ギュウする」と呼ぶ。

始めの頃は寝る前にしていたが、いつからか時間は関係なくお互いがしたいときに求めてよい暗黙のルールができた。
息子が段々と大きくなるにつれて、くっついている時間は短くなってきた。けれど今も寝る前には必ずするし、何かの拍子にさみしくなったり悲しくなったりすると、息子から「ギュウして」という。
そして私も息子が可愛くって仕方ないときには「ギュウしよう」と呼びかける。

息子を抱きしめながら、自分が子どもの時こういうことをしていたかなと考える。
夜中に怖い夢を見て目が覚めた時には、母親のそばに行ってくっついていたことはあった気がするけれど、はっきりと正面から抱きしめられたことはなかったような気がする。

あの頃の自分は親に抱きしめてほしいと思っていたのか、わからない。
ぼんやりさみしいと感じていたような気はするけれど、その曖昧な感覚を大人に説明できるほど言葉を知らなかったし、当時はそういう感覚を外に出すという発想がなかった気がする。

これは先生から聞いたのか、後から本で読んだのかちゃんと覚えていないのだが、子どもは自分の輪郭が曖昧なので身体全体をぎゅっとされると安心する、らしい。
その感覚はなんとなくわかる。自分と世界の境界線がはっきり引かれていない頃の感覚。

だから息子の背中に腕を回して、手で肩を包んでぎゅっとする。
1日過ごしてあやふやになった自分の輪郭を思い出して安心できればいいなと思いながら。