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言わない

ここ最近平穏な日々だったが、久々に感情が大きく動く出来事があった。久しぶりに内臓がシクシクする感覚を味わう。

どうしてもひとりで消化しきれないことが起こったとき、突然電話しても許してくれる友人の存在はありがたい。事情を説明して本来の問題についてひとしきり話した後、「それはそれとして」と友人から指摘されたのは母親のこと。

友人に電話する前、一応両親にも伝えておこうと実家に行った。そのときのやりとりについて、友人は「それは追い打ちダメージ受けるわぁ…」とつぶやく。

友「なんつうか、私のところも似たようなもんやけど、あんたとお母さんのかみ合わなさ具合も大概やな」
私「そこはずっと前に諦めてるし、もういいと思っているけどね」
友「そうやろうけどさ、娘がつらいときにそんなこと言わんでもよくない?」

私の母は、自分の子ども時代にはどれほど過酷な暮らしを強いられたかを語り、それに比べて娘の私や孫である息子は恵まれた育ちをしている、だからちょっとのことで泣き言を言うなという人だ。普段は面倒見の良いさっぱりした人なのだが、何かのスイッチが入るとそうなってしまう。

今回の件も話したとたん、いつものそれが発動し、
「私が子どものときは、父親がロクデナシで食べるにも困るくらいで生きるか死ぬかやったんやんから、そんなん全然大したことない。あんたの言うことの何がつらいんかまったくわからんわ」
と言った。

うん。まあ確かに生きるか死ぬかではないよ。そういう話になるとこっちはもう黙るしかないよね。
後は、とりあえずそういうことがあったから、とだけ言い置いて実家を出た。

友人に指摘されたことで改めてその時のやりとりを考える。これってどう答えるのが正解なのか。
子どものお母さんはとてもつらかったのね。ずっとがんばってきてすごいね。私はいい時代に生きて親にも恵まれている。それを忘れてちょっとしたことでつらいと言ってごめんなさい。
と、答えれば満足するだろうか。

あなたがその時に経験した苦しみや痛みや悲しみは、私や息子が今直面していることとは全く関係がない。あなたの恨み辛みは私には癒せない。

これを口に出してしまうときっと傷ついて怒るから、母には言わない。そして私は息子に対して母と同じようなことも言わない。

母から得ることがない共感は友人がくれた。それで充分だ。