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天気の神様に守られた子の話

あの日、私たちの前に神様が現れた。

【神様】なんて口にするのは烏滸がましい程
罰当たりで無信心野郎の私だけど。

お腹の子を、天気の神様が守ってくれたと
本気で信じている。

あれは出産前日、破水した日の出来事。


***

多くの初産婦さんがそうであるように、
臨月になっても私の産道はガッチガチだった。
少しも開いてない、降りてきてない。

頚管長が短くなっているからと、3ヶ月間
絶対安静を言い渡されていたというのに。

あの...先生?ついこの前まで
「不用意に動くな」って仰ってませんでした?
安静生活、頑張ったんですよ?
「もっと動かなきゃ」って...え?え?

不信感にも似た動揺を隠しながら恐る恐る聞いた「今週中に陣痛が来るって事は...」に、               被せるように「ないでしょうね、まず!」と       返された。笑顔で。

まぁ、臨月入ったばかりだし。
予定日の6/29まであと1ヶ月もあるし...と
呑気に考えていた5月末。


何はともあれ3ヶ月間の安静解除、
やっと自由に出歩けると喜んだ。
やりたい事もやらなきゃいけない事も山積みだった。

ベビーグッズの買い出し、保育園見学、3ヶ月ぶりの外食、美容院、会社への挨拶。

動き過ぎかな、陣痛来ちゃうかな、なんて               少し不安になったりもした。

ところがそんな心配を他所に、                             一週間経っても二週間経っても                             検診時の子宮口の状態は変わっていなかった。
少しも開いてない、降りてきてない。

あっという間に6月も後半。

私は永遠に妊婦なんじゃないかとまで
思い始めた。

当然のように次の週の診察予約をされ、
当然のように予定日超過の場合の
促進方法の説明をされ。

【超過ランド】の入場口が
チラチラと見え始めた私は、いよいよ焦った。

多くの初産婦さん(少なくともツイッター上の)がそうであるように、
藁にもすがる思いで陣痛ジンクスを試しまくった。

オロナミンC、カレー、焼肉、スクワット、床掃除...そしてウォーキング。

万歩計アプリを入れて、1日1万歩とにかく歩いた。

初夏のウォーキング、しかも臨月。
【万が一の事があったら...】と                              パンパンだったリュックは、日が経つにつれてどんどん軽量化されていった。
近所だし、財布とケータイさえあればいい。
母子手帳?要らない要らない、
検診の時忘れたら困るし。
少しも開いてないし、降りてきてないし。                   

まだ生まれないから、大丈夫。

***

その日は、レンタルしたベビーベッドの納品があった。
普段は午前中にウォーキングをするのに、           なんだかんだでひと段落ついたのは16時過ぎ。

面倒臭いなぁと思いつつ、
他にする事もなかったので
モソモソとウォーキング準備をした。

いつもは駅前周辺を歩くけど(スタバやマックがあるから)時間も中途半端だったので、              川沿いを歩いてみようと思い立った。

私の家の裏には、なかなか大きな川がある。

綺麗に舗装されてジョギングコースのようになっているその川沿いは平日は人通りも少なく、       静かで雰囲気があって妊娠前から気に入っていた。

「よし、おちびさん行こう!川歩こ!」

お腹の子に話しかけながら、いつもの通り、       財布と携帯だけを持って玄関のドアを開けた。



***


強目の日差しを感じるのと同時に、
アスファルトが湿った時の匂いがした。

雨雲なんてどこにもないのに、
明るい青空から合成のように雨が降っていた。

霙かなにかかと思うくらい大くて透明な粒が
スローモーションみたいに
ゆっくりとゆっくりと落ちていた。

初夏の西日の光を受けて、
蜂蜜色にキラキラ光るその雨が
あまりにも綺麗で息を飲んだ。

雨を綺麗だと思ったのは
初めてだったかもしれない。

【出掛けようとしたら雨】というネガティブな    シチュエーションだったにも関わらず、
得したような幸せな気持ちで
マンションの廊下から空を見上げた。

お腹をさすって、「綺麗だねえ」と呟いた。

君にも、この雨が見えれば良いのに。
すっごく綺麗なんだよ。
早く一緒に見たいねぇ。

とても穏やかな気分で、
お腹の子に向かって話し掛けた。

普段の自分なら、キャップを被っていたし
なんなら傘を持ってでも出掛けたかもしれない。

せっかく準備したし、
歩かないといけない(と思い込んでた)し。

けど、あまりにも現実離れした雨を見て、
満足してしまったというか
気持ちが変わってしまって、
散歩を止めて家にいる事にした。

部屋着に着替えて、ベッドでゴロゴロして。

もう一度あの雨が見たいなと思い立って              ベッドの横の窓を開けると、雨はすっかり止んでいた。

なぁんだ、やっぱり天気雨か。
20分くらい経ったかな。
出掛ければ良かったかな。
今から...いや、もう着替えたしいいや。


ゴロゴロ、ゴロゴロ。


トイレにでも行くか...と立ち上がったその時。

お腹から、ぷつ、ぷつ、と2回音がした。

なになに、おチビさん、まさかおなら?
なんて呑気に笑っていると、下半身に違和感。

生暖かい感触と、独特の匂い。                                


破水だった。


***


もしもあの時、雨が...それも、とんでもなく綺麗な雨が降っていなければ。

あのまま出掛けていたら...と
想像する度に怖くなる。

家から徒歩20分の、人通りの少ない日の落ちかけた夕方の川沿いで。
手ぶらに近い状態で破水をしていたら、
私はどうしていたんだろう。
今、隣ですうすうと寝息を立てているこの子は無事だっただろうか。


あの時、私を引き止めてくれたのは
なんだったのか。


ただの偶然かもしれない。
梅雨時の天気雨なんて珍しくもないし。

ただの雨だったかもしれない。
記憶は美化されるものだから。


それでも、私は信じている。
この子は天気の神様に守られた。

【神様が守ってくれた子】
【だから、大丈夫】

そう信じる事は、
陣痛タクシーの中でも
連休中に駆け込んだ救急外来でも
心配事があって眠れなかった夜にも
私に自信と勇気をくれた。                                    きっと、これからも、ずっと。

今日で、あれから一年。

元気な娘の柔らかい髪を撫でながら                      空を見上げられる幸せを噛み締めた誕生日前日。 破水した日。                        

天気の神様へ、心からの感謝を。



***

拙い振り返りを読んでいただきありがとうございます。
全ての赤ちゃんと妊婦さんに天気の神様の御加護を。
あと、妊婦さんはお出掛けの時、どんなに「まだ開いてない」と言われてても破水に備えて行動をしてください。怖がらせたくはないのですが、本当に、なんの予兆もなく突然来たので...。