秘密
子どもの頃に、住んでいたマンションで飛び降り自殺があった。
亡くなったおじさんは知らなかったけど、そのおじさんの関係者(たぶんおじさんのお姉さんだったと思う)がちょっと知ってるおばさんだった。
マンションの人達に混じって葬儀に参列したとき、おじさんの遺体の口の中にはいちごみるくの飴があったと話してくれた。
たぶんだけどマンションで飛び降り自殺なんかされて肩身が狭かったので そんな話は誰にもできなかったから 子どもの私に話したんだと思う。
子ども心に、1番怖くて痛いときにあの飴をジャリッと噛んで甘い味がしたら、少しはましだと思ったんだろうと想像した。
でも子どもだったから知らない人の死というのはあまりに遠い出来事すぎて、そんなことはすぐに忘れてしまった。
長い間忘れていたのだけれど、最近アルバイト先でその飴をもらって、もらったことも忘れていたのにポケットからでてきて、食べようとした瞬間に思い出した。
包み紙を広げてあの甘い香りがした瞬間、あのおじさんの死を思った。
その瞬間でもやっぱり甘い味がしたんだろうか。
私は飴を包み紙に丁寧にもどして、それから丁寧に捨てた。
たぶんもう二度とこの飴を食べないか、思い出さないかのどっちかだと思ったが、それじゃああまりにおじさんが気の毒な気がして、夜明け前だというのにこうやって文章に残している。
最期に甘い味がしなきゃいやだと思うほどに怖いのに、それでも死にたくなってしまったあのおじさんを思うと、次に来る新しい時代は、もっと人に優しい時代になっているといいなと思うし、していかなきゃなと思う。
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