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TOEIC900点超えでも英語がしゃべれない?

TOEIC(トーイック)という国際的に、聞く、読む、話す、書くという英語の4技能をチェックするテストがあります。

TOEICは世界160か国で実施されているようです。

TOEICの概要

ご存じの方、過去に受験をされた経験をお持ちの方も多くいらっしゃるかと思いますが、ここで概要をまとめてみたいと思います。

日本では月に1回以上の頻度で実施されているようです。

TOEICは英検のように合否判定をするのではなく、990点を最高点として、毎回スコアで結果が返ってきます。

また、受験回ごとに問題の難易度に差が生じず、還元されたスコアがいつの試験と比べても、比較可能となるように、統計的にレベルの調整が行われるようです。

そして、実施時期(受験回)との比較も可能となりますし、どこの国、地域で受験しても、そのTOEICのスコアによる、その人の英語能力は比較できるという日本の一般的な試験とは、考え方が異なるようです。

TOEIC900点超えとは

TOEICのスコアが900点を超えるというのは、相当英語レベルが高いです。

ちなみに、日本の大企業が一般社員に求めるレベルが600~750くらい。

国際部門では、860という企業もありますが、珍しくありません。

外資系企業では、ゴールドマンサックスで850、マッキンゼーで900だそうです。

TOEICスコアが900を超えるってことは、それほどハイレベルな英語力ということなんですが、私はTOEIC900超えで、英語の会議で全くしゃべらない日本人をたくさん見てきました。

何が違うんでしょうか?

グローバルレベルの英語について

ちょっと極端な例で、比較対象がおかしいとお叱りを受けるかもしれませんが、頭の体操として、お読みください。

私がグローバル展開しているコンサルティング会社で勤務していたとき、日系企業の海外拠点で実施するプロジェクトがあり、現地で日本語がしゃべれて、その案件の専門性があるスタッフをグループ内で募集をかけたところ、すごい数の希望者が集まりました。

この中から選べばいいのであれば、簡単だと感じたのも束の間。

私は、「おはようございます」が言えるとか、「ありがとうございます」が言えるというレベルで、応募してくるスタッフが、少なからずいるんですね。

まあ、実際のプロジェクトに参画しないままだと、収益貢献していないわけで、評価が下がったり、最悪解雇される可能性もあるため、必死なのはわかりますが、そのレベルで言葉が話せると応募してくるガッツに、ある意味敬意を表したくなったものです。

また、ヨーロッパのレストランのウェイターと話していた時、我々以外のテーブルで英語以外で話しているのを見て、「何か国語はなせるの?」って聞くと、10か国語以上との返事。

すごいなあと感心していると、仕事で注文を聞いたり、接客をする言葉だけが10か国以上で、それぞれの言葉で、新聞を読んだり、経済ニュースをテレビで見て理解するのとは、全く違うんですね。

ある意味、生き残るための言葉が使えるということ。

本来、文化芸術から、スポーツ、経済まで的確に理解して、コミュニケートできる必要は、我々日本人の母国語である、日本語でも必要ありませんよね?

多くの日本人の受験的完璧主義

なんか、大雑把過ぎると感じますよね?

もちろん、それぞれの国で、知的で深い理解をもとに、会話をする方たちも多くいますが、我々は外国人として、英語を外国語として話す以上のことを求められるケースは、実は少ないんではないかと思います。

たとえ、ビジネスであっても、話が通じないと、向こうも仕事が進まないので、運命共同体(?)として、お互いに補完しながら、コミュニケートできればいいんですよね?

日本語(母国語)でも、外国語でも、論理的思考ができるかどうか

TOEICのスコアが高いことを、決して否定する気は、毛頭ありません。
しかしながら、コミュニケーションの手段としての外国語は、実際に人と人、組織と組織として、必要十分な意思疎通ができればいいのではないでしょうか?

日本人のTOEICのスコアは、残念ながら、アジアでも下から数えたほうが早いレベルです。

語学力と、論理的思考を用いた人間力を試す必要がありますが、TOEICはアメリカを中心に考えられたテストなので、日本人がその対応をする必要があるように感じます。

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