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【読んだ】本田由紀『教育は何を評価してきたのか』

「人間力」や「コミュニケーション能力」と言った言葉のもと、個人の情緒や価値観に強く関わる人格的側面に教育政策や労働政策が介入しようとしている事を一貫して批判している著者の近著。論じられるのは「日本における、人間の「望ましさ」に関する考え方(P19)」の変遷について。教育政策を軸にした言説を歴史的に分析した上で、現在の教育が陥っているグロテスクな状況と、それが生まれた経緯を解明する本かと。本書では「人間力」という言葉で典型的に示される「ハイパー・メリトクラシー」にのみ着目するのではないけれども、しかし最終的に問題化されるのは「特定の振る舞いや考え方を全体に要請する圧力(P20)」が強化されていること(「水平的画一化」「ハイパー教化」)や、「態度」「資質」という言葉が教育指針の中でプライオリティを増していることであり、かなり過去の著作と一貫していると思った。

全体の見取り図としては、「垂直的序列化」という縦の軸と、「水平的画一化」という横の軸を設定する。前者は「「能力」に基づく選抜・選別・格づけ(P20)」であり、後者は「特定の振る舞いや考え方を全体に要請する圧力(P20)」だと。垂直的序列かも水平的画一化もいずれの軸も強化されているけれども、特に今世紀に入ってから顕著なのが後者だと。

著者は「能力」「態度」「資質」という三つの言葉に着目し、それが教育言説の中でどう使われてきたのかを分析する。「能力」という言葉は、「能力主義」「メリトクラシー」という言葉で日本の教育政策の中で(混乱しながらも)一貫して使われてきたと。かつてはそこで言われる「能力」とはすなわち「学力」の事であり、(誤解もありながらも)一元的な垂直的序列化を強化してきたと(日本的メリトクラシー)。しかし近年の教育系の政策文書や政策白書で顕著なのは「態度」「資質」という学力以外の要素を示す言葉が頻出している事であり、それは著者が「ハイパー・メリトクラシー」と呼ぶ事態を招いていると。加えて厄介なのが、「態度」「資質」が「能力」に包含されていることで(「人間力」、「生きる力」、「コミュニケーション能力」)、これはすなわち、「態度」「資質」が序列化される事だと。加えてやばいのが、ここで言われる「態度」「資質」の内実が画一的で、且つ(そう明記はされてないけど)著しくグロいことだと。

これが行くところまで行ったのが、ブラック校則に典型的な校則の厳格化(ゼロトレランス化)と、「素手・素足によって行うトイレ掃除」に典型的な「感動や「心磨き」を目標に据えた様々な活動の普及(P195)」であり、「自分のことよりも人様のためにという自己犠牲の精神(P195)」を伴う〈感情化〉だと。これは要は「特定の均質なふるまいと「心」のあり方を求めるもの(P195)」であり、そこからはみ出る事を許容しない事が「ハイパー教化」だと。個人的には正直、新教育基本法の愛国心云々よりもこっちの方がよっぽどグロいと思うんだけど、流石にここには教育者も児童生徒も躊躇してるんじゃね、ということも指摘されていた(P196〜197)。

とはいえ本書は決して観念的な話に終始するのではなく、政策論についてはとても具体的かつ現実的だった。シンプルに日本の教育政策の歴史が俯瞰できるし、特に高校の編成の話は、日本の高校が普通科高校に偏重していった過程が国の財政状況に起因していることや、著者自身の主張である「水平的多様化」のための方策のひとつとして高校の多分野化が打ち出されていて勉強になった。ただそれも、かつて高校の多分野化が提唱されたときに、「能力」という言葉を巡る誤解で頓挫した経緯が書かれていたのは印象的だった。政策って一方ではかなり技術的な話でありつつ、もう一方ではかなり素朴なディスコミュニケーションで左右されたり理念も土台もなし崩しにされたものがマジで実装されちゃったりするの、改めて「やっぱそうなんだなー」って思った。待鳥聡史が言ってた「土着化」とかってこういうことなんだろうけど。

読んだ印象としては、改めて、この著者は「言葉」に敏感な人なんだなと思った。「やりがいの搾取」にせよ「ハイパー・メリトクラシー」にせよ、実証的な分析結果を膝を打つ(且つ、若干センセーショナルな)言葉で概念化するのが上手い人だな、と思っていたけど、本書では「能力」「態度」「資質」という三つの単語の分析に分析にこだわった上で、「言葉の磁場」というタイトルの章があったり、「「能力」という言葉の幻惑作用に同時代の人々が翻弄されていた事態(P106)」と書いていたりと、一貫して言葉のパフォーマティビティに着目していたのが印象的だった。本書ではどちらかというと言葉の持つネガティブな作用(本書で言うところの「呪い(P235)」)に焦点化されていたけども。

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