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海外で起こったNFT関連トラブルから学ぶ、NFTの権利と契約

【キーワード】

NFT (Non-Fungible Token) 著作権 所有権 契約 プラットフォーム

【はじめに】

 最近はVR/ARやVTuber関連のお仕事に加え、メタバース、NFT (Non-Fungible Token) などバーチャル空間上の経済活動の基盤となる技術・サービスに関するお仕事が増えてきました。経済産業省の「仮想空間の今後の可能性と諸課題に関する調査分析事業」では、光栄にも有識者の一人としてヒアリングを受け、色々と情報提供や意見を申し上げました。
 また、先日は、㈱モバイルファクトリーの子会社である㈱ビットファクトリーが運営するNFTマーケットプレイス「ユニマ」のローンチPRイベントに専門家としてお招きいただき、「知的財産権・契約の観点から見たNFTマーケットプレイスの課題と未来」と題して講演させていただく機会にも恵まれました。

 こういった経緯もありまして、今回はNFTにまつわる権利と契約について考えてみたいと思います。なお、以下では海外の事例を参考として取り上げますが、日本の法律をもとに検討します。

【バンクシー作品を無断でNFT化したとされる事例】

 ごく最近、バンクシーの2005年の作品「SPIKE」の所有者が、同作品をCG化し、歌唱と組み合わせたNFT作品を製作してオークションで販売することを発表したところ、これらについてバンクシーの許可を得ていないことが発覚し批判が殺到したというケースが発生しているそうです。

 この「SPIKE」という作品は、「2000年にバンクシーがヨルダン川西岸を旅した際にパレスチナで見つけた、『分離壁』から削られたコンクリート片」に、バンクシーが「『SPIKE』という文字を書いたオブジェ」なのだそうです。
 これが創作的な表現であるところの「著作物」といえるかは議論がありそうですが、仮に著作物であるとすれば、たとえ所有者といえども、著作権者に無断で、譲渡を目的にCG化(複製)する行為等は、著作権侵害となる可能性があると考えられます。

【所有者なのに利用できない?】

 このバンクシー作品の事例は、所有者がその作品について何をすることができるのかを考えるうえで参考になります。

 「所有権」とは、「物」を誰にもジャマされずに自由に使用、収益及び処分することができる権利です。ここにいう「物」とは有体物、すなわち実空間の一部を占める存在です。

それなら、「SPIKE」の所有者は、有体物である「SPIKE」を自由に使用、収益及び処分できるのだから、CG化して他人に譲渡して利益を得てもよいのでは・・・?

と思われるかもしれません。
 しかし、デジタルデータであるCGは、実空間の一部を占める存在ではないため、有体物ではありません。したがって、所有権によって自由に使用等できる対象にはならないのです。
 「SPIKE」のようなリアルの作品も、実際に手で触ることができる有体物としての側面と、その形、色、質感やこれらの組み合わせなどといった無体的な情報としての側面があり、前者は所有権の、後者は著作権などの知的財産権の守備範囲になると整理されています。このため、たとえ所有者であっても、その無体的な情報としての側面を一定の方法で利用する場合には、原則として著作権者等の許諾が必要だということになるのです。
 「SPIKE」のNFTに関しては、実際にどのような権利関係になっていたのか存じ上げませんのでたしかなことは言えませんが、一般にCG化は、形、色、質感などの無体的な情報としての側面を利用して、実物に見える新たなデジタルオブジェクトを作成する行為ですので、所有権ではなく著作権の守備範囲となり、著作権者の許諾が必要になると考えられます。

【米国の参考事件:RAF, Inc. v. Damon Dash】

 次に参考になる事例として、2021年6月18日にニューヨーク州で提起された訴訟があります。まだ結論は出ていませんが、訴状における原告の主張をもとに、事案をざっくりと以下にご紹介します。

 被告であるDamon Dash氏(以下「Dash氏」)は、2021年6月23日のSuperFarm Foundationオンラインオークションで、Jay-Zのデビューアルバム「Reasonable Doubt」の著作権を出品することを計画していた(その後、このオークションは中止となった。)。

 このオークションにつき、SuperFarmは次のようにアナウンスしていた(訴状より一部抜粋)。

SuperFarmは、Damon Dash氏と共同で、Jay-Zのファーストアルバム「Reasonable Doubt」に関してDash氏が保有する著作権のオークションについて発表することができ、光栄に思います。
この新たに作成されたNFTは、当該アルバムの著作権を保有することを証明し、当該アルバムから将来得られる全ての収益に係る権利をDamon Dash氏から落札者に移転します。

 Shawn Carter氏(「Jay-Z」として知られる。)、Kareem Burke氏及びDash氏は、原告であるRoc-A-Fella Records, Inc (以下「RAF社」)の株式を3分の1ずつ保有している。「Reasonable Doubt」に関する全ての権利はRAF社が保有しており、Dash氏は「Reasonable Doubt」もその著作権も保有していない。また、Dash氏はRAF社の資産を売却する権利を有しない。

 RAF社は、Dash氏が「Reasonable Doubt」の著作権の売却を試みることによってRAF社の資産を横領し、また、その忠実義務に違反したなどと主張し、Dash氏による「Reasonable Doubt」に係る利益の売却の差止め、損害賠償等を求めて訴えを提起した。

【この事件から何を学ぶか?】

 バンクシー作品の事例は、主に作品の所有者がNFTの文脈において何ができるかという点で参考になるものでしたが、この「Reasonable Doubt」の事例は、NFTを購入した場合に何ができるかを考えるうえで参考になります。

注目したいのは、SuperFarmがしたアナウンスのうち、次の部分です(再掲・訴状より一部抜粋)。

この新たに作成されたNFTは、当該アルバムの著作権を保有することを証明し、当該アルバムから将来生じる全ての収益に係る権利をDamon Dash氏から落札者に移転します。
(原文: "The newly minted NFT will prove ownership of the album's copyright, transferring the rights to all future revenue generated by the album from Damon Dash to the auction winner.")

 仮にこの記載だけから判断するとすれば、落札者が得ることができる可能性のある権利は、たとえば次のようなものが考えられます。
  ①「Reasonable Doubt」の著作権全部;
  ②「Reasonable Doubt」の著作権のうち、Dash氏が保有する一部;
  ③「Reasonable Doubt」から将来生じる全ての収益を受け取る権利;
  ④「Reasonable Doubt」から将来生じる収益のうち、Dash氏が受け取るべき部分を受け取る権利;又は
  ⑤ 上記の組み合わせ(つまり、①+③、①+④、②+③又は②+④)

 NFTを購入した場合にどういうメリットがあるのかがとても曖昧であることが分かると思います。
 上記①及び②は、仮にDash氏に著作権はないというRAF社の主張を前提とすれば、NFTの落札者が実際に手に入れることができるとは限らない権利だということになりそうです。これらの場合、Dash氏は、著作権者から著作権を取得して、それを落札者に移転する義務を負うことになる可能性があると考えられます(日本の民法561条、559条)。もっとも、それが実現する可能性がどれくらいあるかは分かりませんね。そこで、購入する側からすれば、他の人が持つ著作権を売り手が確保してから代金を支払うというスケジュールにしたくなりそうですが、少なくとも前掲のアナウンスではそうなっていません。
 他方、上記③及び④については、将来債権の譲渡という建付けになるでしょうか(日本の民法466条の6参照)。少なくとも、Dash氏以外の人が受け取る権利を持つ収益を、落札者が受け取れるかは不透明でしょう。あるいは、それぞれの収益に相当する金額をDash氏が購入者に支払うという契約であると考えることもできるかもしれません。いずれの考え方をとるかによって、支払義務者の経済的信用に違いが出てくるかもしれません。

 購入する側から見れば、NFTを購入しても期待していた権利が手に入らず、不相当な金額を支払ってしまったと考えてトラブルに発展する可能性があることになります。場合によっては、一人ひとりの知識や注意の差から、主観的には全く別の内容・範囲の権利を対象に、それぞれ値段を付けて競り合っているということにもなりかねません。
 他方、出品者側から見ても、そういうトラブルの種を抱えることは好ましくありませんよね。

【まとめ】

 以上をまとめると、NFTを取り扱うに際しては次のような点に注意するとよいのではないでしょうか。

1.NFTとして作成及び出品する権利を持つ者による出品か?
2.万が一、権利者に無許可で作成又は出品されたものである場合、落札者にはどのような救済措置があるか?《NFTマーケットプレイスの利用規約等》
3.NFTを購入することによってどのような権利を手に入れることができるかが明確か、また、その権利によって自分がそのNFTを購入する目的を達成することができるか?《NFTマーケットプレイスの利用規約、個別の販売ページ上の出品者等による表示等》

 購入する側にとっては、上記3の判断をするために法律の知識が必要となってきます。そのNFTをいくらで購入するかを適切に判断するために重要な前提となることでしょう。
 出品者にとっても、安心して購入してもらえるよう取引対象の権利の範囲を的確に表示するためには法律の知識が必要となります。両者をサポートする法律家の役割も重要となります。
 そして、購入側・出品側双方にとって安心して取引できる仕組みを提供する役割を果たすという点において、NFTマーケットプレイスに対する期待も高まっていくでしょう。
 NFTの取引が一般に広く受け入れられ、より大きな市場として普及・発展していくためには、こうしたことを一つ一つクリアしていく必要があると考える次第です。

以上

■自己紹介■
関 真也(せきまさや) 弁護士・ニューヨーク州弁護士
関真也法律事務所 代表。第一東京弁護士会所属。
※ お問い合わせはリンク先のお問合せフォームからお願い致します。

漫画、アニメ、映画、ゲーム、音楽などのコンテンツやファッションに加え、XR (VR/AR/MR)、VTuber、NFT、eSports、AI・データなど、コンテンツやファッションとテクノロジーが関わる分野を中心に、知財問題、契約、紛争、新規事業の適法性チェックなどを多く取り扱っています。
東海大学総合社会科学研究所客員講師、東京工業大学非常勤講師(担当科目:技術移転と知財)、日本女子大学非常勤講師(担当科目:ファッションロー入門〈仮称〉)その他大学講師等を歴任。
㈱KADOKAWA経営企画局知財法務部担当部長(2016~2017)。南カリフォルニア大学ロースクール修了 (LL.M., Entertainment Law Certificate, Honor Society of Phi Kappa Phi) / 東大データサイエンススクール(事業実務者コース)修了。日本知財学会事務局、コンテンツ・マネジメント分科会幹事、ブランド・経営分科会幹事 / ファッションビジネス学会ファッションロー研究部会長 / 一般社団法人XRコンソーシアム社会的課題WG座長など。
著作権法学会 / 工業所有権法学会 / 日本バーチャルリアリティ学会 会員。
主な著書・論文は、「ファッションロー」(共著、勁草書房)、「『触覚・味覚・嗅覚コンテンツ』の著作権保護を巡る考察」ビジネス法務21巻6号48頁(2021年6月21日)、「AR広告を巡る利益調整と法規制」ビジネス法務21巻6号60頁(2021年6月21日)、「バーチャルリアリティその他人間の能力等を拡張する技術と著作権」知財管理71巻2号167頁(2021年2月20日)、「一問一答:今、社員周知したい テレワーク・会議のデジタル化に伴う著作権法の問題点」ビジネス法務21巻2号65頁(2020年12月21日)、「著作権法による建築デザインの保護とバーチャルリアリティ空間その他コンテンツ内利用ー米国法の議論を参考にー」日本知財学会誌17巻2号29頁(2020年11月20日)、「拡張現実(AR)を巡る著作権法上の問題に関する基礎的考察」日本知財学会誌15巻3号5頁(2019年3月)、「AR領域における商標の使用ー拡張現実技術を用いた新たな使用態様を巡る現行法上の課題ー」日本知財学会誌14巻3号28頁(2018年3月)など。

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