私たち、今から始めない? 〜 映画『浮き草たち』〜



 アダム・レオン監督の初長編作『ギミー・ザ・ルート NYグラフィティ』は、とても初々しい青春映画だ。この映画はニューヨークを舞台に、グラフィティ・アートに夢中の若い男女を描いている。若さゆえのイタい情動を描きだし、大人になってしまった者たちの心をいちいち突いてくる。粗もなくはないが、アダム・レオンが持つ才能の一端を楽しめる。製作で参加したジョナサン・デミが猛烈にバックアップしたのも頷ける。


 そんなアダム・レオンの2作目となる映画『浮き草たち』が、劇場スルーとなりネットフリックスで配信されていた(最近このパターンが多い)。本作でもアダム・レオンは、若い男女を題材に選んでいる。ニューヨークを舞台にしている点も前作と同様だ。
 物語は、ダニー(カラム・ターナー)とエリー(グレース・ヴァン・パタン)を中心に進んでいく。ある日、携帯料金もまともに払えない貧しい暮らしから抜けだしたいダニーは、兄から運び屋の仕事を頼まれる。高い報酬に惹かれたダニーは、しぶしぶ仕事を引き受ける。その仕事の最中にエリーと出逢うのだが、ブツの交換に失敗してしまい、ダニーはブツを取りかえすためにエリーと奮闘する。これが本作のおおまかな流れだ。


 しかし、本作の見せどころはこの流れではない。アダム・レオンが私たちに見せたいのは、ダニーとエリーの物語なのだ。ゆえに本作は、ふたりの間で交わされる会話や冗談がメインになっている。ブツを取りかえさなきゃいけないのに、明後日の方向に話が飛んで笑いあったり、しょうもない雑談で仲が深まっていくふたりの様子を楽しむことになる。強いてジャンルを当てはめるなら、本作はボーイ・ミーツ・ガールなマンブルコアなのだ。口語的な言葉による会話劇で私たちを笑わせ、心に残るナニカをもたらしてくれる。


 多くの紆余曲折を経て、ふたりは結ばれる。ラストでエリーは、「私たち今から始めない?」とダニーに問いかけ、それにダニーは「俺もここから始める」と応える。そしてふたりは、共に歩きだす。
 そうして幕を閉じる本作は、愛することの甘酸っぱさのみならず、何かをはじめることの大切さも教えてくれる。本作はハッピーエンドだが、それもダニーが運び屋の仕事を引き受けなければ、さらにエリーが報酬をダニーにちゃんと分けようとしなければ、訪れなかった結末かもしれない。こうした複雑怪奇な人生の仕組みを、本作は軽快なテンポで浮き彫りにしていく。


 また、アダム・レオンの撮影スキルが向上しているのも見逃せない。たとえば、ニューヨークのシーンではカット数を多くして、都会の忙しなさを表現する一方で、郊外のシーンではカメラを長回しすることで、ゆったりとした時間の流れを演出している。前作はセンス一辺倒のところが魅力であり欠点でもあったが、本作ではその欠点がだいぶ減っている。どうやらアダム・レオン、私たちの期待以上に化けたらしい。
 くわえて、カラム・ターナーとグレース・ヴァン・パタンの演技も素晴らしい。物語序盤のダニーとエリーは、それぞれが抱えている事情からイラついた表情を浮かべているが、仲が深まる中盤以降は表情が多彩になる。そうした細かい変化を演じきった主演のふたりがいなければ、本作は成立しなかっただろう。


 ちなみに本作は、バリー・ジェンキンス監督の映画『ムーンライト』に音楽で参加した若手作曲家、ニコラス・ブリテルが参加している。監督、役者、音楽など、さまざまな方面の若手がほとばしる才能を披露した映画としても、本作は人々の心に刻まれるはずだ。

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