Chloe x Halle『The Kids Are Alright』



 クロイ×ハリーは、クロイ・ベイリーとハリー・ベイリーによるユニット。お察しの通り姉妹である。アトランタ出身で、現在はLAを拠点に活動する2人が注目されたのは、2013年にアップした動画がきっかけだった。それはビヨンセ“Pretty Hurts”のカヴァーだが、なんとビヨンセ本人の目に留まったのだ。その後2人は、ビヨンセが設立したレーベルParkwood EntertainmentからEP「Sugar Symphony」を発表。若き才能が世界中に知れわたることとなった。

 筆者が初めて聴いた2人の音楽は“Drop”だった。2016年に発表されたこの曲は、太いベースを前面に出したプロダクションが印象的で、少々ぶっきらぼうにも感じた。しかし、艶めかしくも多彩な2人のヴォーカルや、突如ジャズのリズムが鳴らされる奔放な展開は、新世代という言葉が相応しい才気を放っていた。

 その“Drop”を収録したデビュー・アルバムこそ、『The Kids Are Alright』だ。〈ハイハイ〉と呼びかける“Hello Friend”で幕を開ける本作は、端的に言えば傑作である。ビヨンセとの深い関係をふまえるとR&Bに括られるだろうし、その要素もなくはないが、単一のタグに収めるには壮大すぎるサウンドを味わえる。スピリチュアルな雰囲気が漂う表題曲や“Grown”ではゴスペルのコーラス・ワークを取り入れ、ゴールドリンクを迎えた“Hi Lo”は怪しげな空気が際立つヒップホップに仕上がるなど、実に多様な音楽性。

 歌メロはキャッチーで耳なじみの良いものが多い一方で、ディテールはとんがったプロダクションが目立つのも面白い。なかでも“Down”は、そうした本作の内容を象徴する曲だ。イントロでたおやかなクリーン・ギターが鳴ったかと思えば、ビートは典型的なトラップで、コーラスではオペラを彷彿させるクラシカルなアレンジが施されるなど、それぞれのパーツに込められた要素がまったく異なる。まさしくポップ・ミュージックとしか言いようがないこの折衷性は、通史的に音楽を楽しむリスナーからすれば困惑させられるものだろう。

 だが、そういうサウンドを鳴らすからこそ、クロイ×ハリーは新世代のアーティストなのだ。さまざまな音楽を通史という檻から解放し、半ば享楽的に音楽を楽しむ風通しの良さがふたりの魅力だ。また、この魅力の背後には、かつて〈僕らは自分たちの好きなものすべてを採り込もうとしている〉と語ったライアーズを生んだ、2000年代前半のNYポスト・パンク・シーンの越境性も見いだせる。〈全ての境界線がなくなったように思う〉と言うグライムスにも多大な影響をあたえたナップスター以降、iPodのシャッフル機能やマイスペースといったさまざまなテクノロジーが音楽の聴き方を変え、スポティファイはその流れを加速させた。こうして私たちは膨大な量のあらゆる音楽を楽しむことができるようになり、そのなかで培った個人的文脈に依拠したサウンドも多くなった。それは正史や伝統とされる観点から見ればルール違反かもしれないが、そんな後ろめたさ以上に音楽の可能性を広げる興奮が勝り、多くの人々はそれを享受した(筆者もそのひとりだ)。でなければ、ダンスホール→マカロニウェスタン→ユーロ・ビートと変臉の如く変化するブラックピンクの“마지막처럼 (As If It's Your Last)”が世界中の人々に聴かれ、映画『ジャスティス・リーグ』で流れることもなかったはずだ。

 こうした変化の延長線上に『The Kids Are Alright』はあるのだから、R&Bの一言で括れないのは同然なのだ。強いて形容すれば、トム・ミッシュ、コスモ・パイク、ジョルジャ・スミスといったアーティストとも共振する、“時代が生みだしたミレニアル・ポップ”だろうか。



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