映画『野球少女』


野球少女


 『野球少女』は、2020年に韓国で劇場公開された映画。主演はイ・ジュヨン、監督/脚本は本作が長編デビューとなるチェ・ユンテだ。
 物語は《天才野球少女》と呼ばれるスイン(イ・ジュヨン)を中心に進んでいく。野球にすべてを捧げる高校生のスインは、プロ野球選手になるため多くの努力を重ねるが、女性というだけで入団テストさえも受けさせてもらえない。周囲の人々も夢を諦めるようプレッシャーをかけてくる。

 それでもスインはあきらめず、黙々と練習を続ける。その姿に周りの人たちも心を動かされ、スインを応援しはじめる。なかでもコーチのジンテ(イ・ジュニョク)は、スインがスカウトの目に入るための策を練るなど、熱心に支えている。おかげでスインは、さまざまな壁を乗りこえ、念願だった入団テストを受けるチャンスを掴む。

 本作は、スインが入団テストに挑むまでの様子をじっくり追う作品だ。潤沢ではない予算で作られた影響か、派手でドラマティックな展開は終始見られない。
 しかし、映像はとても上質だ。音楽の使用頻度を必要最低限に抑えるなど、余計な装飾を纏わないシーンの数々は、アンゲラ・シャーネレクといったベルリン派の映画に通じるミニマリズムを想起させる。明暗のコントラストや自然光を上手く活かしているのも見逃せない。シンプルな味つけで、登場人物たちの複雑な情感を見事に映しだす。
 シンプルな味つけは、役者陣の高い演技力が際立つことにも繋がっている。細かい動作や目つきの微細な変化で物語の起伏を作りだす役者たちの演技は、ただでさえ上質な映像の旨味をより濃厚にする。なかでもイ・ジュニョクは、ジンテがスインを支えるようになるまでの変化を繊細に演じきっている。ドラマ『秘密の森』シリーズ(2017〜)でのドンジェ役など、大仰な立ち居振る舞いが目立つ憎らしいキャラクターを演じるジュニョクのイメージが強い者からすると、本作での姿は嬉しい驚きになるだろう。

 さまざまな女性像を描いているのも本作の特徴だ。女性といっても、世代によって背景や価値観が異なるのを見せつつ、最終的には世代を問わずスインを応援する流れは、緩やかな女性の連帯を描いたようにも見える。ただ、この部分は顕著ではなく、それが引っかかる者も少なからずいるだろう。とはいえ、性別の壁に立ち向かうという本作のメッセージは、十分に込められている。

 女性像といえば、スインの人物像も興味深い。スインは他の男性野球部員と張りあうよりも、自らの力を高めることでプロになろうとするからだ。いわば男性優位の土俵に立つのではなく、これが自分の武器と思えるものをひたすら磨きつづける。
 こうした価値観は、ジャーナリストのドーン・フォスターが著書『Lean Out』(2016)で示したものに近い。この本も、男性優位社会の構造に乗るのではなく、外側から構造を変えようという姿勢が際立つ。

 それを本作が意識したとは、正直思えない。だが結果的に、スインの生き方は『Lean Out』的価値観と重なっている。そうした側面のおかげで、『野球少女』は現代社会に対するオルタナティヴという性質を含む作品になったと思う。

 そんな性質を、スインは野球ボールに込めて投げつづける。あとは私たちがそれをキャッチし、どう行動するかだ。秀逸なエンディングは、その行動を焚きつける鮮やかさが眩しい。



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