映画『ハイ・フォン』



 『ハイ・フォン』は、ンゴー・タイン・バンが主演を務めたベトナムのアクション映画だ。現地では今年2月に公開され、同年5月にはネットフリックスでも配信がスタートした。

 物語はンゴー・タイン・バン演じるハイ・フォンを中心に進んでいく。ハイ・フォンは、ベトナム南部にあるメコンデルタで娘・マイ(マイ・カット・ヴィー)と暮らすシングルマザーだ。取り立て屋で生計を立て、娘を学校に行かせている。しかしマイは、母親の仕事が理由でいじめを受けてしまう。そのためマイは取り立て屋の仕事をやめてほしいと願っているが、母親への愛情は強い。
 ある日、ハイ・フォンとマイが市場に出かけた際、マイが謎の男たちに誘拐される。ハイ・フォンはなりふりかまわず追跡するも、マイは連れ去られてしまう。諦めないハイ・フォンは、娘の奪還を心に決め、かつて暮らしていたサイゴンに足を運ぶ。そこで捜索をするうちに、謎の男たちは国際的な児童売買組織の一員であることを知るのだった。

 本作の見どころは、ンゴー・タイン・バンによる華麗なアクションだ。ベトナム発祥の武術であるボビナムを取りいれ、パワフルかつシャープな体技を繰りひろげる。『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』など、ハリウッドにも活躍の場を広げているンゴー・タイン・バンは、ベトナムでアクション・スターの地位を確立している役者だ。ゆえにアクションの実力は申し分なく、それは本作でも十分に発揮されている。
 その実力をより引きだすため、ヤニック・ベンをアクション監督に迎えたのも見逃せない。『ゴースト・イン・ザ・シェル』を筆頭に、これまでヤニックは多くのスタント・パーソンをこなし、ハリウッド映画での経験も豊富だ。それが反映されたのか、本作でのンゴー・タイン・バンは、過去作以上にダイナミックで派手な立ち居振る舞いが多い。こうした変化も見どころのひとつだ。

 強いて引っかかる点を挙げると、ハイ・フォンに課せられた母性が過剰気味なところだろうか。マイを救うためとはいえ、その行動を駆り立てる情動のほとんどは、娘は母親が守るべきという盲目的な暗黙の了解だ。物語の展開もそこに大部分を依拠しており、そのせいで演出の多彩さを欠いている。いわばワンパターンなのだ。失敗作のアクション映画にありがちな、人間ドラマの軽視という悪手は回避しているものの、作りこみは不十分と言わざるを得ない。
 ただ、ハイ・フォンがシングル・マザーという背景をふまえると、その過剰な母性を容易に断罪できないのも本音だ。確かに母性を強調しているが、良妻賢母や内助の功といった、男性優位社会を前提としたものではないからだ。むしろ、職業によって周りから蔑視され、マイも泥棒だと決めつけられてしまう状況を乗り越えるという意味では、差別や偏見を打破する物語としても受容できる。さらに、それが女性によって成されるのも、現代に根強く残る女性差別への有効な一撃となりえるのだ。



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