Billie Eilish『When We All Fall Asleep, Where Do We Go ?』



 ロサンゼルス出身のシンガー・ソングライター、ビリー・アイリッシュの経歴はあまりにも出来すぎている。2001年に生まれた彼女は、8歳の時にロサンゼルス少年少女合唱団に所属し、11歳になると作曲を始めた。2015年にサウンドクラウドで“Ocean Eyes”を発表すると、いまのイメージにも繋がるダークな雰囲気と高い制作能力が注目を浴び、メジャー契約を結んだ。まさにスター街道まっしぐらである。

 その後も彼女の格は上がる一方だった。ドラマ『13の理由』のサントラに曲が起用され、BBCが注目のアーティストを選ぶSound Of 2018にも選出された。『Vogue』をはじめとした多くのファッション誌にも登場し、その活躍は音楽界にとどまらない。

 そんな彼女のデビュー・アルバムは、『When We All Fall Asleep, Where Do We Go ?』と名づけられた。ゲストを迎えず、プロデュースを務めた兄のフィニアスと二人三脚で制作したそれは、自分のダーク・サイドを吐きだした言葉で彩られている。たとえば“Wish You Were Gay”は、好きな異性が自分に目を向けないことから、〈彼が同性愛者だったら思いを断ち切れるのに〉と思ってしまう気持ちを歌った憂鬱な曲だ。
 その憂鬱さは先行シングル“Bury A Friend”でも際立つ。ベッドの下に潜む怪物の視点から歌ったこの曲は、自分自身が怪物だったという気づきも込められた、内省的なものだ。かつてニーチェは、「怪物と戦う者は、その過程で自分自身も怪物になることのないように気をつけなくてはならない。深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ」(ニーチェ『善悪の彼岸』)と言った。19世紀を代表する哲学者の思考に、17歳で追いついてしまったという意味で“Bury A Friend”は凄まじい。ちなみに怪物との戦いは、アルバムの随所で見られるものだ。ザナックス(最近ヒップホップ界に蔓延しているドラッグ)にはハマらないと歌う“Xanny”などは、わかりやすい例だろう。

 サウンドはフランク・オーシャン的なメランコリーを漂わせる。リル・ピープのように、TR-808のサブベースを多用しているのもおもしろい。“Bad Guy”ではまんまトラップ・ビートを鳴らしたりと、現行のヒップホップ/R&Bを意識した音が目立つ。一方で“Bury A Friend”は、ジェイムス・ブレイクといったベース・ミュージックを通過したポップ・アクトに通じる音で、US以外の要素もうかがわせる。こうしてトレンドを押さえつつ、“Ilomilo”ではメルヘンなサウンドを散りばめ、オリジナリティーも出している。ニック・ドレイクを彷彿させるアコースティック・ソング“I Love You”も、流行に即していないという点で独特だ。

 もっとも気に入った曲を挙げるなら、“Bad Guy”だろうか。スモーキーな雰囲気を醸すキックとベースが印象的なダンス・ポップではじまり、突如トラップに変貌するという構成は、どこかK-POP的で興味深いからだ。ドキュメンタリー番組『世界の"今"をダイジェスト』のK-POP回も示すように、最近のK-POPは1曲の中で変瞼の如く曲調が変わる。その特徴は“Bad Guy”にも感じるし、もっと言えばアルバム全体が特定のジャンルに依拠しない、不定形のポップ・ミュージックだ。このような作風は、グローバルな盛りあがりを見せるK-POPとも共振する。そういう意味でも『When We All Fall Asleep, Where Do We Go ?』は、非常にトレンディーな作品だ。



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