LCD Soundsystem『American Dream』



 今年のフジロックで観た印象的なライヴのひとつは、ジェームス・マーフィー率いるLCDサウンドシステムだ。トレードマークの巨大なミラーボールがぶら下がるステージで彼らは、最高のパーティー空間を作りあげた。多すぎない音数、執拗に反復するビート、フリーキーに響きわたるシンセ、粗々しいギターなどが組み合わさったそれは、獰猛さとインテリジェンスが共立した奇跡の時間であった。活動再開後としては初めて観たライヴだったが、諸手を挙げて絶賛できるパフォーマンスと言っていい。ジェームスのぽっこりお腹も非常にチャーミングだった。

 そんな彼らが、4枚目となるアルバム『American Dream』を発表した。前作『This Is Happening』以来7年ぶりとなる本作には、活動を再開し、新しいアルバムをリリースするまでの想いが綴られている。たとえば「How Do You Sleep ?」は、DFAの共同設立者ティム・ゴールズワージーとのおだやかでない関係を連想させるし、〈私たちはユダヤ人の歴史を論じ始める〉と歌われる「Call The Police」は、排斥的な姿勢が目立つ世界情勢を意識してるように思える。今年5月、「Call The Police」と「American Dream」が公開されたときに書いた記事(※1)でも言及したが、ジェームスは身の回りのことを歌詞に反映させる。LCDサウンドシステム関連のニュースを追っている者からすれば、本作の歌詞は“もしかしてあのこと?”とすぐさま思い浮かぶものばかりだ。こうしたパーソナルな視点が世界の問題と深く結びついてしまう鋭い批評性はジェームスの持ち味であり、そういった意味で本作の言葉は、これまでと比べて際立った進化は見られない。ただ、平易な言葉選びが目立ち、よりパーソナルな部分が表れている点は、明確な深化と言える。リスナーに対してオープンになったという意味でも、興味深い変化だ。もっと言えばその変化には、多くのリスナーに自分たちの表現を受け取ってほしいという切実な想いが見えかくれする。そんな想いを紐解くヒントは、やはり「Call The Police」と「American Dream」に横たわる不安や憂いだろう。そこにはどうしても、多くの人々が不安や憂いを抱くトランプ以降の世界と共振するものを見いだしてしまうし、その共振こそがオープンになった...というかならざるを得なかった理由のひとつではないかと勘ぐりたくなる。

 一方でサウンドは、さまざまな試みをおこなう実験精神が印象的だ。「All My Friends」や「Someone Great」などの名曲を生みだしたように、ジェームスは親しみやすい曲を作ろうと思えば作れる。しかし本作では、高いソングライティング能力よりも、サウンド面の探求を選んだようだ。まず耳を引くのは、「Change Yr Mind」以外は5分以上の尺があり、そのほとんどでクラウトロックに通じる執拗な反復が見られること。さらにディスコ、パンク、クラウトロック、ファンクといった音楽が交雑した全体の作風は、メロディー以上にビートが強調され、巧みな音の抜き差しでグルーヴを生みだしている。強いていえばそれは、セカンド・アルバム『Sound Of Silver』期のサウンドを彷彿させる。だが、「Change Yr Mind」のように、金属的でドライなギターに乗せてキャッチーな歌メロが飛びだす曲もあったりと、完全にメロディーを捨てているわけではない。こうした本作は、『This Is Happening』まで積みあげてきたものを活かしつつ、LCDサウンドシステムとして前進するための音作りを目指した作品と言える。しかし、それが大成功しているとは言い難い。もちろん、随所で進歩や変化はうかがえるが、これまでのLCDサウンドシステム像を大胆に更新すると言ったら、嘘になってしまう。それでも、経験とスキルがたっぷり注ぎ込まれたサウンドは必聴レベルだし、繰りかえし聴きたくなるクオリティーなのは間違いない。

 また、LCDサウンドシステムといえば、「All I Want」でデヴィッド・ボウイの「Heroes」を引用したように、影響を受けたアーティストに敬意を捧げることが多い。それは本作でも味わえるが、なかでも筆者が驚いたのは、「Emotional Haircut」のイントロだ。というのもこのイントロ、エコー・アンド・ザ・バニーメン「Heaven Up Here」のイントロを想起させるのだ。いまのところ、その想起を確固たるものにする証左は得られていないが、ポスト・パンクに多大な影響を受けたジェームスだから、「Heaven Up Here」を意識したとしても不自然じゃない。

 本作は、LCDサウンドシステムのディスコグラフィーの中でも際立った作品とは言えないが、ジェームスの創造性は少しも衰えていないことがわかる作品ではある。少なくとも、次を期待させるには十分すぎる音が鳴っている。ああ、またライヴが観たい。



※1 : その記事です。https://note.mu/masayakondo/n/n60e27846a409?magazine_key=m4cd353bd9d6c

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